親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

公開講座画像

親鸞仏教センター所長

本多 弘之

(HONDA Hiroyuki)

第213回「〈願に生きる〉ということ」⑨

 如来の大悲は、「無縁の大悲」であると言われる。「無縁」とは、慈悲が条件によって左右されないことである。無条件でなければ、大悲にはならない。ところが、現実にこの世で生命が成り立つのは、種々の条件によっている。これを「因縁所生」という。因縁は、それぞれの生命体において種々様々であって、現実の命には、ひとつとして同じ条件で起こるものはない。似た条件であっても、厳密にはまったく同じということはない。

 それならば「無縁」と言われるのは、この世にはないということでしかないのか。しかしやはり大悲があるのだと教えられる。そしてその大悲とは、「おおいなる悲しみ」であると言われるのである。

 たとえば、仏陀の古い教えに「四無量心」と言われるテーマがある。「慈・悲・喜・捨」の実践である。仏道の志を生きようとするときには、出会った相手と「同じ」心情になるように心がけよ、ということである。もしも、相手に喜ばしい事情が起こるなら、それを相手と一緒に喜ぼうとしなさい。そして、相手につらい事情が起こった場合には、その相手と悲しみを共にしなさい、というようなことである。これは現実には、我等凡夫にとって大変困難な実践テーマであると言えよう。

 そもそも、倫理的実践と如来大悲の願心とには、大きな相違点がある。倫理の問題が有限の人間同士の関係や事情に関わるのに対し、如来の大悲は、条件を超えて関わるものだからである。それは、たとえば先の四無量心の実践について、可能か不可能かという事態において、根本的な相異が現れ出る。人倫の慈悲は、程度を越えたことには、目をつぶるしかないことがある。如来の大悲は、それをも引き受けて歩もうとする願心なのである。

 有限なる人間には、どうにもならない事態を前に、「絶望」しかないことが興る。しかし、如来の大悲には「絶望」ということはありえない。「深い悲しみ」は「絶望」をも超えていくのである。

 善導は『観経』の「深心」は「深信の心」であるとし、その深信を解釈して二種に開いている。その第一が「「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来、常に没し常に流転して、出離の縁あることなし」と信ず」るのだという(『真宗聖典』215頁参照)。「出離の縁」がまったくないのであるから、この事実の前には、我ら凡夫はなすすべがない。地獄落ちが必然である。ところが、そういう我等が如来の大悲に乗ずれば、必ず引き受けてくださると深く信ずるのが、第二の深信であるという(同前参照)。

 この第一と第二の深信における矛盾を、前後に分けたり、前提と帰結に分かったりするのでなく、矛盾のままに如来の無縁の大悲として受け止めようとするところに、阿弥陀の大悲には「深い悲しみ」があると信ずるのが、「深信」だというのである。

(2021年3月1日)

最近の投稿を読む

公開講座画像
第231回「法蔵菩薩の精神に聞いていこう」②
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第231回「法蔵菩薩の精神に聞いていこう」②  諸仏の国土とは、大乗仏道の歴史が見出した大いなる法界(大乗無上の菩提の内容)に、僧伽を支えてきた無数の求道者が値遇したことを現わそうとしているのであろう。そこには、果徳の平等性と共に、因位の差異を表している様々の名前によって、諸仏それぞれの因位の過程や求道課題の差異が認められているのである。...
公開講座画像
第230回「法蔵菩薩の精神に聞いていこう」①
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第230回「法蔵菩薩の精神に聞いていこう」①  親鸞聖人のお言葉には、人間存在のもつ実相への深い洞察とそこから染み出てくるような懺悔の心が感じられる。このことには、その背後に『大無量寿経』にまで煮詰められた大乗仏道の菩提心の歴史があるのであろう。総願から別願を開示して、この大乗の菩提心を掘り下げるべく歩みを進めるところに、「法蔵菩薩」なる人間像が生み出されてきている。...
公開講座画像
第229回「悲しみを秘めた讃嘆」⑬
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第229回「悲しみを秘めた讃嘆」⑬  本願によって衆生に開かれる「宗教的実存」とは、いかなる構造として表現し得るものであろうか。その構造解明の手がかりを、横と竪という菩提心のありかたから探ってみた。そして我らに開かれる信心の意味に、この世での生き方に対して、超越的で立体的な空間として本願の信仰空間と言うべきありかたが、教えられていることを了解した。...

テーマ別アーカイブ