親鸞仏教センター

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The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

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親鸞仏教センター所長

本多 弘之

(HONDA Hiroyuki)

第204回「意欲の異質性を自覚せよ、と。―願のままに成就しているとは―⑦」

 これまでの考察を通して、『無量寿経』の時間表現の不可解さや如来の因果を立てることの意味が、悟りの仏教(いわゆる自力・聖道門)から信心の仏法(他力・浄土門)への転換によるものであることが見えてきた。空間的なこの現実の場所での悟り(此土入証)から、あたかも異次元空間での救済(彼土得生)のように構築された「浄土教」、それは「他方の仏土」への往生という形態の教えであり、その浄土は我らの苦悩の現実である穢土とはまったく異質であるから、生前では触れられずに死後にきっと与えられる場所なのだ、という諦念的了解、それは『観無量寿経』を基礎とした大悲方便の教えの理解なのだ、ということである。それは大乗仏教が標榜する一切衆生の平等の成仏、その課題を凡夫というありかたにおいて成立させるための大悲心のやむをえざる妥協の産物である。

 一切衆生の成仏を目的として追求する大乗の僧伽が見いだした方法が、「仏名」を憶念称名する道であり、その仏名において本願を内観していく歩みとなった。その願心追求の展開が、「聞名」として、すなわち衆生にとっては名号において本願に出遇うべく教えを聞き開いていく道として展開してきたのである。その「聞名」を龍樹菩薩が菩薩道の不退転の獲得の方便として取り上げたのである。その場合の出し方が、菩提心の弱い者にとっての「易行」ということであった。

 さらに、『無量寿経』の本願の教えを中国に翻訳するについて、浄土を衆生が求めて観察するという『観無量寿経』の教えが中心になり、自力で修行して菩提心を磨く教えの方法の一助として了解されて来た。そうなると浄土教は凡夫の救済が目的ではなくなり、易行の浄土教は、聖道門の「寓宗(ぐうしゅう)」(独立した立場でなく、従属したありかた)ということになった。

 そのゆがめられた浄土教理解を超克して、浄土教の僧伽が要求してきた本来の「聞名」による一切衆生の平等の成仏という道を回復しなければならない。それこそ「本願の因果」で表そうとした一切衆生の済度の方向だからである。その方向に気づいた親鸞が、それまでの『観無量寿経』中心の浄土教理解を、『大無量寿経』中心の本願の教えの領解へと方向を転ずるために、『教行信証』という困難な思索を展開することになったのである。

 親鸞にとっての大きな機縁となったのが、『浄土論註』の読み込みであった。それによって、願心とその成就としての報土は、本願の名号がもつ不可思議なる意味となり、仏名が大行として一切の浄土の功徳をすべての善悪の凡夫に与える大悲の教えとなったのである。浄土の究極の意味である「不虚作住持の功徳」を、名号の功徳として我らが信受するなら、そこに信心による「証大涅槃」の方向が確立するということなのである。

(2020年6月1日)

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第248回「存在の故郷」③
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第248回「存在の故郷」③  流転する生命の在り方は生死流転という熟語となり、私たちに現実に変化してやまない日常意識を抱え、状況に流されて生きているのだと教えている。その日常的な在り方が、いわば異郷に流離する旅人のようなものだと喩えられているのである。  それに対して「存在の故郷」を求めようとする意欲を、仏教は求道心と言い、菩提(さとり)を求める心だから菩提心とも言う。その意欲によって、日常の意識に映る存在は、迷いの情念(無明)によって闇の中に在るのだと教えられる。その闇は無明の黒闇とも言われ、その存在は闇の中で藻掻いているような状態だとされる。その暗中模索の状態を求道心によって突破して、光明海中に浮かぶような生き方をしようと求めることを、菩提心の目的として大涅槃を開くまで努力せよと教えるのである。  求道心によっていわば存在の本来性を回復することが、無明に覆われた存在を転じて明るみを生きる存在へと転換するというわけである。その転換された在り方を、「存在の故郷」に帰るのだと表現するのである。そして、その故郷とは、生死流転を超えた一如であり、大涅槃であるとされる。衆生が迷える意識を翻転することができるなら、その生存の在り方が、光明海と表現される明るみとなり、その存在はそこを場として立ち上がるのだとも教えられる。  存在の故郷とは一如宝海と教えられ、その一如が涅槃でもあると、親鸞は『涅槃経』によって押さえている。その究極である一如、すなわち大涅槃と、それを求める菩提心とは因果であるとされるが、因位にあることは、果位に対して常に待ち望む状態にあるということである。それが、異郷にあって故郷を渇望し、帰りたいという意欲に喩えられる在り方である。  我ら衆生が自らの意欲で帰郷を果たすことを望む場合、流転を真に突破することは難しい。有限なる衆生は、状況に巻き込まれ流転していて、因から果へ、状況を超えて一如・涅槃へは、とてもたどり着くことができないであろう。そこに呼びかけてくるものがある。本来からの呼び声が、迷える我らの現存在に、「存在の故郷」へ帰れと呼びかけていると教えられているのである。  この呼び声が、阿弥陀の大悲本願の呼びかけとして示され、その本願の呼びかけを信ずるなら、その信心は因でありながら、果を必然としてはらむのだと語られている。その場合の信は、衆生から起こるのではなく、如来の大悲より発起するところだとされる。親鸞はそれが如来の回向によって、衆生の上に成就するのだと、教えているのである。だからして、その信は如来の質を保持しているとされる。その信が因でありながら果を必然とすることができるのは、如来回向の信心だからだ、というわけである。 (2024年3月1日) 最近の投稿を読む...
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第247回「存在の故郷」②
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第247回「存在の故郷」②  故郷という言葉が迫力をもって訴えてくるのは、異郷に居て孤独の寂しさを感じるときであろう。異郷では、自己の存在を暖かく見つめる親兄弟や友人も居ないし、自己の感情を言葉で表現するときも方言や母国語が通じなかったりする。そういった言葉の違いは特に強く異郷にあることを意識させる。感情を表現しても理解されないと感じてしまい、孤独感を増幅させるのだと思う。    このような感覚や情景を内包する「故郷」ということに関連して、仏教が「正覚」という言葉で示している「大涅槃」のあり方を「存在の故郷」(安田理深)として考察してみようと思う。この「存在の故郷」という言葉は、人間存在の在処を迷いの境界であると教え、そのあり方に目覚めさせて覚醒へと歩ませる要求を、望郷の情念に託して「願生浄土」の要求として表現した「帰去来(いざいなん)、魔郷には停(とど)まるべからず」(『真宗聖典』284頁)という善導の『観無量寿経疏』「定善義」の言葉に依っている。浄土とは、大涅槃を仏の本願によって象徴的に表現したものであり、衆生を大涅槃へと誘う教えの言葉であるからである。    今、「願生浄土」の意味を「存在の故郷」という言葉を通して考察しようとしているのだが、「存在」ということを仏教ではどう考えているのであろうか。現代語で「存在」という言葉は、辞書的に言えば、現実にそこにあると感じられること、あるいは人間のことといったように理解されるだろう。この語感には、現代人の人間の生存を肯定的に捉えているところがある。さらには、人間を生き物の中で最も高位にある者とする欧米由来の感覚が、現代日本人に沁み込んでいるとうことにも関わっているのではないかと思う。    これに対し、仏教の存在了解には、生きとし生けるものは平等である、という感覚がある。その中で、人間に生まれるということは、仏教徒の基本的なあり方を示す三帰依文に「人身受け難し」(『真宗聖典』中表紙)と示されているように、「有り難い」(有ることが難しい)ことなのだという感覚があるのである。    この感覚をたどると、その背景にはインドの思想に見られる輪回転生の生存了解があるとされる。仏教の六道流転の生存理解は、インド古来の生命観に由来すると言われる。現在の生存の背景には、遠い過去の時間があり、それが生々流転とも言われる。現在の生存は自分の意志や意欲で選んだのではなく、過去の深く遠い因縁の重なりや蓄積が現在にまで来たものなのであろう。    この因縁の重なりや蓄積が日常の自己を取り巻く事情となることで、自分の思うようにならない事件や出会いが生じてしまうと感じるのである。このことは、運命論とは異なるとされる。運命論の前提には、存在を決定づける必然性は自分の外部にあるという理解があるからである。それに対して六道流転してきた自己という理解には、現在の自分の思いのままにはならないとはいえ、自分が今ここに存在しているのは、曠劫以来の自分の過去があるからだという感覚がある。   (2024年2月1日) 最近の投稿を読む...
202305
第246回「存在の故郷」①
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第246回「存在の故郷」①  「故郷」という言葉は、生まれ育った場所を離れて生活する場合に、帰りたい場所への切望と共に用いられることが多い。この語に伴って、懐かしい人々、その人々との生活、祭りや市場など、さまざまな想い出や情景が脳裏に浮かんで、そこへ帰りたいという欲求が強烈に呼び起こされるのである。    ところが現代の多くの人々には、そういう情緒や情念を呼び起こす機会すら失われ、帰郷するべき場所を喪失しているようである。会社勤めなどの経済活動に忙しく、故郷喪失者となった人々が群れとして集合しているというのが現代の多くの都市生活者の状態であろう。    筆者の場合は、故郷となるべき場所が、現在は隣国である中国の領土となっている。言うまでもないことだが、日中戦争の発端となった「満洲(まんしゅう)」なる場所のことである。清国の王朝の出自たる中国東北部のことなのだが、ここに日本が武力で進出して、清朝最後の皇帝であった溥儀を新たに皇帝に立てて建ち上げたのが、いわゆる傀儡(かいらい)国家とされている満洲国なのである。    筆者はこの満洲国時代の開拓集落(弥栄村)に生まれて、幼少期をそこで過ごし、敗戦によって引揚者となったのである。だから、生まれ故郷はどこかと問われたら、異国の土地の、現在はそこに帰ることができない場所を指し示さざるを得ないことになるのである。このことに縁って、私は現在、世界でたくさんの方々が難民状態に陥っている事実や、その人々が懐いているであろう故郷喪失感に同感・同情を覚えずにはいられない。    この故郷喪失という情念を、或る特定の状況のこととしてではなく、現代の時代社会の大多数の方々にも妥当することとして、考察してみたい。現代社会は、便利さと快適さにおいては、いままでのいかなる時代にもまして、優れていると言うべきであろう。しかし、その便利さと快適さの中にどっぷりと浸かっていることにより、他の時代と比較してではなく、当今の現在において生きることの意欲が減退し、自己存在の深みという意味が欠落しつつあるのではないだろうか。    このことを、故郷喪失による自己の意味喪失として考えるなら、この故郷喪失の問題は人間存在の深みを問い直す契機として、大切な事柄であると言えよう。すなわち、存在の根底に、そこへ帰郷するべきであると言うことができる真の故郷を持つことができていないということ、そのことは自己自身の信頼すべき根拠を喪失しているということを意味しているのであり、その喪失感に由来する自己喪失感、すなわち自己自身への不信感とも言うべき事柄なのではないか。 (2024年元日)   ※「満洲国(まんしゅうこく)」の正式表記は「洲」を用いるため本稿でも正式表記にならっております。 最近の投稿を読む...

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