親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

親鸞仏教センター

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― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

研究誌

現代と親鸞

現代と親鸞

『現代と親鸞』第50号
研究誌 『現代と親鸞』第50号 ■研究論文 宮部  峻(J-Stageで公開) 親鸞から日蓮へ? ── 社会学史における浄土真宗理解についてのノート── ■研究ノート 徳田 安津樹(J-Stageで公開) 「ケアの倫理」から考える宗教教育の可能性──真宗大谷派学校連合会の刊行物に注目して── ■ 第71回現代と親鸞の研究会 磯野 真穂 「わかりやすい救済」に抗うために──リスク管理社会の人間観── ■ 第8回清沢満之研究交流会 全体テーマ 世紀転換期の宗教思想運動Ⅱ──近角常観・日蓮主義・哲学館── 【問題提起Ⅰ】碧海寿広近代仏教における「人格」の問題 ──近角常観の修養批判── 【問題提起Ⅱ】ブレニナ・ユリア青年求道者と日蓮(主義)── 雑誌『妙宗』における信仰告白の分析から── 【問題提起Ⅲ】長谷川琢哉「 宗教思想運動」としての哲学館── 井上円了の仏教改良と哲学館出身者たち── 全体討議 コメンテーター 赤江 達也コーディネーター    繁田 真爾 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 本願回向の行信 ──『一念多念文意』を読み解く ── (1) 1冊1,000円(送料無料)でご購入いただけます。バックナンバーも取り揃えておりますので、下記バナーからお申し込みください。
『現代と親鸞』第49号
研究誌 『現代と親鸞』第49号 ■研究論文 加来 雄之 昭和初期における「実践」問題と安田理深『興法』論文群 ―安田理深による「衆生」の「基礎づけ」(1) ■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会 中澤 克昭  中世の狩猟文化と「野生の価値」 ■ 第69回現代と親鸞の研究会 ポール・B・ワット 安田理深と現代―その思想の独自性をめぐって― ■ 第70回現代と親鸞の研究会 西村  明 三十年後の長崎と永井隆 宮本 ゆき 日米での核理解の違い、親鸞における悪 ■ 第4回「現代と親鸞」公開シンポジウム 全体テーマ 宗教者にとって〈現場〉とは何か?  【提題】 吉水 岳彦 苦の臨床という「現場」 田村 晃徳 現場で働き、現場にはたらく—仏教の言葉を学ぶということ— 小原 克博 キリスト教から考える「現場」と歴史の未来  【全体討議】 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの ――『大無量寿経』を読む ―― (35)
『現代と親鸞』第48号
shinran-bcプロフィールを編集 ■研究論文 伊藤  真 「佐々木月樵の弥勒信仰論 ―兜率天往生と西方浄土往生との関連から― 」 越部 良一 「穢土の往生(6)」 田村 晃徳 「「意志と祈り」としての願い ―鈴木大拙の本願理解―」 ■ 清沢満之研究会 中西 直樹 「「近代仏教」再生の可能性と限界 ―新仏教と俗人登用の試みと挫折 ―」 ■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会 原田 信男 「肉食の始原と否定・工程の論理」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの ――『大無量寿経』を読む ―― (34)」
『現代と親鸞』第47号
■ 研究論文 中村 玲太 「「悪凡夫正機」の歴史的意義――聖道門への対抗言説に注目して――」 ■ 研究ノート 谷釜 智洋 「『精神界』誌上にみる「解釈」欄の位置づけの再考――「浩々洞註」という記名などに着目して」 ■ 第67回現代と親鸞の研究会 江原由美子 「現代社会とフェミニズム」 ■ 第68回現代と親鸞の研究会 木村 哲也 「忘れられた存在を語り直す/忘れられた存在と出会い直す――ハンセン病問題と駐在保健婦――」 ■ 第3回「現代と親鸞」公開シンポジウム報告 全体テーマ:「〈いのち〉という語りを問い直す」 【問題提起】 長谷川琢哉 「倫理的葛藤と〈いのち〉の言説」 中  真生 「「いのち」とその産み育ての結びつきを問う――「母性」、出生前診断、「赤ちゃんポスト」などを手がかりに――」 森川 輝一 「宗教と政治の間――ジャック・ロールズの冒険――」 【全体討議】 加藤 秀一(コメンテーター)・中村 玲太(コーディネーター) ■ 第7回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「近代の宗門教育制度と清沢満之」 【問題提起】 江島 尚俊 「真宗大谷派における教育制度と哲学」 川口  淳 「メディアと大谷派教育――明治20年代から白川党改革運動まで――」 藤原  智 「清沢満之と真宗大学(東京)の運営」 【全体討議】 林  淳(コメンテーター)・長谷川琢哉(コーディネーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(33)」
『現代と親鸞』第46号
研究論文 中村 玲太 「 西山義における「帰命」解釈の多様な展開――真宗学の西山理解を契機として」 青柳 英司 「 如来回向思想の背景について」 ■ 第66回現代と親鸞の研究会 安藤 礼二 「鈴木大拙の浄土論」 ■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会 三枝 暁子 「身分制から見た中世社会」 ■ 「正信念仏偈」研究会・源信『一乗要決』研究会 立川 武蔵 「生命への意味付けと阿弥陀仏」 ■ 第6回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「世紀転換期の宗教思想運動――内村鑑三・綱島梁川・清沢満之」 【問題提起】 赤江 達也 「「無教会主義」の波紋――内村鑑三から塚本虎二へ」 古荘 匡義 「実験と言説――綱島梁川からの宗教思想運動」 名和 達宣 「「精神主義」運動の波紋――曽我量深を中心に」 【全体討議】 鶴岡 賀雄(コメンテーター)・長谷川琢哉(司会) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(32)」
『現代と親鸞』第45号
研究論文 藤村  潔 「『一乗要決』の二種生死説に関する試論」 伊藤  真 「普賢行を可能にするもの――金子大榮における華厳の菩薩道」 ■ 第65回現代と親鸞の研究会 坂上 暢幸 「裁判員体験とは何かを考える――裁判員制度十年を見つめて」 大城  聡 「良心的裁判員拒否と責任ある参加――制度開始十年を経て」 ■ 「正信念仏偈」研究会 四方田犬彦 「アーカイヴとしての『教行信証』」 ■ 源信『一乗要決』研究会 梯  信暁 「源信『往生要集』の菩提心論」 ■ 第2回「現代と親鸞公開シンポジウム」報告 テーマ:「生まれることを肯定/否定できるのか?――反出生主義をめぐる問い」 【提言】 青山 拓央 「生まれることの悪と、生み出すことの悪」 竹内 綱史 「生のトータルな肯定は可能か――ショーペンハウアーとニーチェから」 難波 教行 「「生命讃仰」言説の落とし穴――親鸞思想を通して」 【全体討議】 加藤 秀一(コメンテーター)・中村 玲太(司会) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(31)」
『現代と親鸞』第44号
研究論文 長谷川琢哉 「井上円了の仏教改良と真宗大谷派」 研究レポート 谷釜 智洋 「明治天皇の死去及び大喪における真宗大谷派の諸対応―真宗大谷派教団史研究の一環として―」 ■ 第62回現代と親鸞の研究会 佐藤 卓己 「「ポスト真実」時代の輿論主義と世論主義」 ■ 第63回現代と親鸞の研究会 橋本 健二 「現代日本の階級社会とアンダークラス」 ■ 第64回現代と親鸞の研究会 伊藤  聡 「「神国日本」という語りの重層性」 ■ 第1回「現代と親鸞公開シンポジウム」報告 テーマ:「〈かたられる〉死者」 【問題提起】 中村 玲太 「〈かたられる〉死者」」 【提言】 加藤 秀一 「亡き人を〈悼む〉こと、「死者」を忘れること」 師  茂樹 「「死者」はどこにいるのか―仏教の死者観と人間中心主義―」 吉水 岳彦 「極楽に住き生まれて」 【全体討議】 佐藤 啓介(コメンテーター)・中村 玲太(司会) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(30)」
『現代と親鸞』第43号
研究論文 藤村  潔 「『一乗要決』成立に関する基礎的研究」 ■ 清沢満之研究会 西本 祐攝 「「他力門哲学骸骨試稿」に学ぶ――研究の方向性」 ■ 『教行信証』と善導研究会・『尊号真像銘文』研究会 金子  彰 「鎌倉仏家の注釈活動――親鸞遺文を通して」 ■ 「三宝としてのサンガ論」研究会 細川 涼一 「西大寺叡尊と非人――叡尊の自伝『感身学正記』を中心に」 ■ 第5回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「井上円了と清沢満之」 【提言】 長谷川琢哉 「仏教の近代化と「哲学」――井上円了と清沢満之の教育への関わりを背景として」 星野 靖二 「「合理的宗教論」と「実存的宗教論」――井上円了と清沢満之を取り巻く同時代的な文脈」 佐藤  厚 「絶対・相対の関係『大乗起信論』――井上円了と清沢満之の解釈」 【全体討議】 岡田 正彦(コメンテーター)・名和 達宣(司会) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(29)」
『現代と親鸞』第42号
研究論文 東  真行 「旧ソ連領被抑留者における「収容所の親鸞」――西元宗助と石原吉郎をめぐって」 青柳 英司 「 如来回向思想の背景について」 ■ 「三宝としてのサンガ論」研究会 河﨑  豊 「ジャイナ教の信仰と生活」 ■ 第61回現代と親鸞の研究会 山本 芳久 「トマス・アクィナスにおける恩寵と自由意志」 ■ 第4回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「精神主義とその時代」 【問題提起】 名和 達宣 「哲学者・清沢満之と「精神主義」という経験」 長尾 宗典 「高山樗牛・姉崎正治の〈憧憬〉と宗教意識――清澤満之・浩々洞グループの「精神主義」との比較を通じて」 水野 友晴 「明治宗教哲学における「立脚地」探求の諸相――清沢満之、綱島梁川、西田幾多郎」」 【全体討議】 福島 栄寿(コメンテーター)・長谷川琢哉(司会) ■ 第16回親鸞仏教センターのつどい 竹村 牧男 「往生のそのさきについて」 本多 弘之 「願生心と菩薩道」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(28)」 ■ 英訳『教行信証』研究会 ステファン・グレイス 「教行信証「証」の巻における法身の「意志」問題――鈴木大拙の解釈を中心に」
『現代と親鸞』第41号
研究論文 中村 玲太 「法然門流の注釈活動――證空『他筆鈔』、顕意『楷定記』に着目して」 ■ 『教行信証』と善導研究会 藤元 雅文 「『愚禿鈔』における善導思想の受容について」 ■ 第59回現代と親鸞の研究会 平川 宗信 「親鸞思想に立脚した憲法的刑法学を求めて――本願法学への歩みと現在」 ■ 第60回現代と親鸞の研究会 平川 克美 「現代の贈与論――これからの時代のモラル・「贈与」ということの理解を通じて」 ■ 第18回親鸞仏教センター研究交流サロン 【発題】 彌永 信美 「「オリエンタリズム」再考」 ■ 第19回親鸞仏教センター研究交流サロン 【発題】 オリオン・クラウタウ 「「宗教」概念を考える――近代日本における「宗教」としての仏教の生成」 【全体討議】 大平 浩史(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(27)」
『現代と親鸞』第40号
■ 研究論文 青柳 英司 「善導の深心釈と『念仏鏡』」 ■ 清沢満之研究会 岡田 正彦 「リフォーマーとしての清沢満之――「教団」の世紀と精神主義」 ■ 第57回現代と親鸞の研究会 山根 道公 「遠藤周作と井上洋治の思索――現代日本人に南無の心に生きる喜びと平安を届けるために」 ■ 第58回現代と親鸞の研究会 前野 隆司 「心の哲学と幸福論」 ■ 「三宝としてのサンガ論」研究会 佐々木 閑 「仏教サンガとはなにか」 ■ 第15回親鸞仏教センターのつどい 内藤 正典 「イスラームは、なぜ誤認されるのか」 本多 弘之 「他宗教との対話の方向性」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(26)」
『現代と親鸞』第39号
研究論文 戸次 顕彰 「四分律学の形成と義浄の批判―『四分律行事鈔』における律蔵引用の方針をめぐって―」 越部 良一 「穢土の往生(5)」 中村 玲太 「「一向他力」の主張とその波紋――證空・良遍とその系譜に着目して」 ■ 『西方指南抄』研究会 末木 文美士 「菩薩の倫理とその根拠」 ■ 第56回現代と親鸞の研究会 岸見 一郎 「よく生きるということ」 ■ 第17回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 中野目 徹 「近代日本のナショナリズムを考える――「明治の青年」を事例にして――」 【全体討議】 中川 未来(コメンテーター) ■ 第14回親鸞仏教センターのつどい 水島 朝穂 「憲法の「古稀」について考える」 本多 弘之 「本願の国土」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(25)」 
『現代と親鸞』第38号
■ 第5回親鸞仏教センターのつどい 講演録 吉本 隆明 「日本浄土系の思想と意味」 ■ 安丸良夫インタビュー 【インタビュー】 安丸 良夫 「親鸞思想の現代的意義――「人生史に即した回り道」を経由して――」 【解説】 繁田 真爾 「安丸良夫の民衆史研究と「親鸞」」 【追想】 名和 達宣 「インタビューを終えて――「最後の安丸良夫」と「親鸞問題」――」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(24)」
『現代と親鸞』第37号
研究論文 青柳 英司 「『教行信証』「行巻」における善導引文の展開について」 長谷川琢哉 「哲学の限界と二種深信――「中期」清沢満之における宗教哲学の行方――」 ■ 第55回現代と親鸞の研究会 芦川 進一 「ドストエフスキイ、イエス像探求の足跡――ユダ的人間論とキリスト論――」 ■ 『教行信証』と善導研究会 柴田 泰山 「善導の『観経疏』について」 ■ 第16回親鸞仏教センター研究交流サロン 保坂 俊司 「宗教と国家――近代日本の誤解とタブーを乗り越える」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(23)」 ■ 第3回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「清沢満之と西洋哲学」 【提言】 長谷川琢哉 「清沢哲学研究の課題と展望」 村山 保史 「日本における西洋哲学の初期受容――東京大学時代の清沢満之を中心にして――」 碧海 寿広 「近代仏教のなかの清沢満之と哲学」 【全体討議】 井上 克人(コメンテーター)・名和 達宣(司会)
『現代と親鸞』第36号
研究論文 戸次 顕彰 「仏教世界における歴史家の視点――僧祐・道宣を中心とする史書編纂の背景――」 ■ 第53回現代と親鸞の研究会 森岡 正博 「宗教性を哲学者はどう考えるか」 ■ 第54回現代と親鸞の研究会 加藤 秀一 「〈生まれる〉ことをめぐる倫理学のために――〈誰〉かであることの〈起源〉――」 ■ 第15回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 川井 博義 「現代と古典―「役立つ」学びとは?」 【全体討議】 田中 さをり(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(22)」 鈴木大拙没後50年記念特集 ■ 英訳『教行信証』研究会 マイケル・パイ 「Suzuki Daisetsu’s Presentation of Buddhism to the West.」 研究論文 田村 晃徳 「動き出す大悲―“The Original Prayer”についての一考察」
『現代と親鸞』第35号
研究論文 中村 玲太 「『西方指南抄』所収『法然聖人御説法事』から見る法然の思想遍歴」 飯島 孝良 「唐木順三の一休論における「伝統」と「近代」」 ■ 第52回現代と親鸞の研究会 井手 英策 「尊厳と思いやりが交響する財政―次の世代がその次の世代とつながるために―」 ■ 『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会 加来 雄之 「「対偽対仮」という営み――「顕浄土方便化身土文類」の課題――」 ■ 第2回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「清沢満之から問われるもの――異領域間の「対話」は可能か?――」 【問題提起】 繁田 真爾 「方法としての〈清沢満之〉の可能性――「悪」と近代への問い」 名畑直日児 「清沢満之再誕――その歴史的意味」 杉本 耕一 「今村仁司の清沢満之論と「宗教哲学」の課題」 【全体討議】 岩田 文昭(コメンテーター)・名和 達宣(司会) 【追想】 岩田 文昭「杉本耕一君の逝去を受けて」 ■ 第13回親鸞仏教センターのつどい 下田 正弘 「称名念仏と浄土―現代の思想的課題からの照射―」 本多 弘之 「深層意識の自覚化」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(21)」
『現代と親鸞』第34号
研究論文 青柳 英司 「善導の『大経』観――親鸞への思想的展開を踏まえて――」 長谷川琢哉 「『宗教哲学骸骨』再考――「前期」清沢満之における哲学と信仰――」 ■ 第51回現代と親鸞の研究会 内藤 正典 「イスラームとその世界――私たちが知っておくべきこと――」 ■ 清沢満之研究会 子安 宣邦 「清沢満之における「儒家的なもの」」 ■ 『西方指南抄』研究会 花野 充道 「天台本覚思想と親鸞」 ■ 第14回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 納富 信留 「「対話」とは何か――哲学から現代社会への問いかけ――」 【全体討議】 暉峻 淑子(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(20)」
『現代と親鸞』第33号(清沢満之研究の軌跡と展望)
■ 刊行にあたって ■ 巻頭論文 本多 弘之 「躍動する教学──現代に向かって清沢満之が投げかけた課題──」 青柳 英司 「 如来回向思想の背景について」 ■ 第一部 清沢満之研究会の軌跡 田村 晃徳 「満之の骨格──『宗教哲学骸骨』を中心に──」 伊東 恵深 「他力門仏教に帰す──「他力門哲学骸骨試稿」の実存的意義──」 名和 達宣 「『臘扇記』を読む──清沢満之における転換期──」 山本 伸裕 「『有限無限録』を読む──「公」とは、「国家」とは──」 春近  敬 「「『精神界』論文」にみる清沢満之の応答性」 ■ 第二部 寄稿論文 杉本 耕一 「西田幾多郎の「宗教哲学」と清沢満之の「宗教哲学」」 三浦 節夫 「井上円了と清沢満之──日本近代の仏教者──」 子安 宣邦 「「天」と「公」と──清沢満之における「儒家的なもの」──」 ■ 第三部 第1回「清沢満之研究交流会」報告 全体テーマ:「清沢満之研究の〈可能性〉──没後百周年から見えたもの」 【問題提起】 山本 伸裕 「清沢満之「復権」の試み」 近藤俊太郎 「天皇制国家と「精神主義」──清沢満之を中心に──」 名和 達宣 「「精神主義」運動の波紋――曽我量深を中心に」 西本 祐攝 「大谷大学編『清沢満之全集』編纂の背景と課題」 【全体討議】 杉本 耕一(コメンテーター)・田村 晃徳(司会) 第四部 コラム集 清沢満之という多面体(プリズム) 越部 良一 「激切なる実学──近代日本最高の哲学者・清沢満之──」 藤原  智 「感電と摩擦──清沢満之と曽我量深──」 大澤 絢子 「清沢満之を描いた画家──中村不折とその時代──」 中村 玲太 「悟後修行の風光──清沢満之と證空──」 ステファン・グレイス 「大きな「自分」としての存在──鈴木大拙にとっての清沢満之──」 長谷川琢哉 「理性の限界と「不可知的実在」──清沢満之とスペンサー──」
『現代と親鸞』第32号
研究論文 名和 達宣 「清沢満之とその門下との「対話」──安藤州一『清沢先生 信仰坐談』を読み解く」 中村 玲太 「法然とその直弟における「是心是仏」をめぐる問題」 ■ 第49回現代と親鸞の研究会 上野千鶴子 「終末期ケアにおける宗教の役割──死にゆく人はさびしいか──」 ■ 第50回現代と親鸞の研究会 平良  修 「沖縄を知る、日本を知る」 ■ 第13回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 西田 公昭 「カルト問題を再考する──宗教の〈魅力〉と人間の危うさ──」 【全体討議】 藤田 庄市(コメンテーター) ■ 第12回親鸞仏教センターのつどい 清水  博 「自己組織する地球の〈いのち〉──人間の死生観を超えて──」 本多 弘之 「共に大悲の「場」を生きる」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(19)」 ■ 英訳『教行信証』研究会 マイケル・コンウェイ 「阿修羅の琴と大行──親鸞と大拙の理解をめぐって──」
『現代と親鸞』第31号
研究論文 本多 弘之 「金剛心の獲得とは?」 藤原  智 「『教行信証』「化身土巻」の『弁正論』引用について」 名和 達宣 「 西田幾多郎と『教行信証』―最後の完成論文「場所的論理と宗教的世界観」執筆の背景―」 ■ 第48回現代と親鸞の研究会 若松 英輔 「悲しみの彼方、彼方の悲しみ」 ■ 清沢満之研究会 杉本 耕一 「清沢満之の「宗教」および「宗教哲学」における「哲学」の意味」 ■ 『西方指南抄』研究会 蓑輪 顕量 「院政期から鎌倉期にかけての遁世―法然の遁世は他の遁世と異なるのか」 ■ 第12回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 諸富 祥彦 「〈孤独〉の可能性――心理臨床の視点から――」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(18)」
『現代と親鸞』第30号
研究論文 中村 玲太 「法然門流における弥陀法身/報身説の検討――弥陀は三世を貫く如来か――」 越部 良一 「 穢土の往生(4)」 ■ 第46回現代と親鸞の研究会 中島 岳志 「親鸞と日本主義」 ■『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会 佐藤 弘夫 「中世からいまを照らす――親鸞思想の現代的意義――」 ■ 第11回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 清水 眞砂子 「生きづらさから考える――「物語」の可能性――」 【全体討議】 青木 省三(コメンテーター) ■ 第11回親鸞仏教センターのつどい 平川 克美 「大介護時代を生きるということ」 本多 弘之 「末法の新現象と自足性の自覚」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(17)」
『現代と親鸞』第29号
研究論文 藤原  智 「『教行信証』「化身土巻」末における経典引用について――一貫する問題意識としての邪見――」 大澤 絢子 「大正期親鸞文学における「人間親鸞」像の変容――倉田百三から石丸梧平へ――」 ■ 第45回現代と親鸞の研究会 長谷川 宏 「西洋の近代と日本の近代」 ■ 『教行信証』「化身土巻・末巻研究会」 平  雅行 「顕密体制と専修念仏」 ■ 第10回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 青木 省三 「生きづらさを考える――精神科外来から見えること――」 【全体討議】 冨岡 量秀(コメンテーター) ■ 第10回親鸞仏教センターのつどい 亀山 郁夫 「『カラマーゾフの兄弟』 と二十一世紀現代」 本多 弘之 「現代に向かっての親鸞教の課題」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(16)」 ■ 研究ノート 名和 達宣 「西田幾多郎晩年の思索と『教行信証』――学習院西田幾多郎博士記念館(寸心荘)蔵書調査報告――」
『現代と親鸞』第28号
研究論文 名和 達宣 「清沢満之を「一貫する」思想 ――『臘扇記』を手がかりとして――」 大谷 一郎 「近江商人にみる真宗の精神」 ■ 第44回現代と親鸞の研究会 立岩 真也 「人命の特別を言わず/言う」 ■ 清沢満之研究会 長谷 正當 「自己を“証しする(attester)”ものとしての弥陀の本願――本願はどこにおいて働くのか――」 ■ 第9回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 桜井智恵子 「〈現代日本の教育観〉を問いなおす――「子どもたちの声」を手掛かりに――」 【全体討議】 菅原 伸郎(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(15)」
『現代と親鸞』第27号
研究論文 藤原  智 「「顕浄土方便化身土文類六」に展開する「教誡」という課題――『大無量寿経』の対告衆としての弥勒菩薩の意義――」 ■ 第40回現代と親鸞の研究会 平川 秀幸 「いかにして科学を生の言葉の営みのなかに取り戻せるか」 ■ 第42回現代と親鸞の研究会 中谷  巌 「資本主義の歴史と文明の転換」 ■ 第43回現代と親鸞の研究会 平川 克美 「誰も知らない人口減少社会の意味」 ■ 清沢満之研究会 水島 見一 「清沢満之の真宗的意義」 ■ 『教行信証』真仏土・化身土巻研究会 三木 彰円 「『教行信証』の諸問題――親鸞自筆・坂東本を通して――」 ■ 第8回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 川口有美子 「〈尊厳死〉を問いなおす――〈生きている〉から考えていくために――」 【全体討議】 鍋島 直樹(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(14)」
『現代と親鸞』第26号
研究論文 春近  敬 「初期『精神界』にみる清沢門下の「信念」」 越部 良一 「穢土の往生(3)」 ■ 第41回現代と親鸞の研究会 亀山 郁夫 「黙過する「神」――ドストエフスキー『悪霊』の世界――」 ■ 清沢満之研究会 吉永 進一 「明治の仏教青年――新しい仏教運動への道――」 ■ 第7回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 桜井 哲夫 「<自己責任>を問い直す――他者への温かな関心を取り戻すために――」 【全体討議】 藤枝  真(コメンテーター) ■ 第6回「清沢満之研究交流会」報告 【問題提起】 辺見  庸 「来るべき死と滅亡のために」 本多 弘之 「宗教的な死の意味と平等の救い」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(13)」
『現代と親鸞』第25号
研究論文 花園 一実 「頓成の真宗学」 内記  洸 「表現についての試論―井筒俊彦『意識と本質』から見る親鸞―」 ■ 第39回現代と親鸞の研究会 槌田  劭「人間知の傲慢、科学の欺瞞――大地に足して共に生きる――」 ■ 『教行信証』真仏土・化身土巻研究会 大峯  顕 「末法の時代における真理とは」 ■第6回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 土井 隆義 「「関係性」を問い直す――少年犯罪をめぐる視点から――」 【全体討議】 佐賀枝夏文(コメンテーター) ■ 親鸞仏教センター公開講演会2011 テーマ:「「言葉」のリアリティ―秋葉原事件が問いかけるもの―」 中島 岳志(講演) 花園 一実(パネリスト) 春近  敬(パネリスト) 内記  洸(パネリスト) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(12)」
『現代と親鸞』第24号
研究論文 常塚  聴「佐田介石の人間観と社会観――建白書における<天眼><天稟>論について――」 ■ 第38回現代と親鸞の研究会 高木 慶子 「激変する社会のなかでいのちを考える――人生の苦難のなかで今を生きる――」 ■ 第5回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 西平  直 「世代連鎖とアイデンティティ―ジェネレイショナル・サイクルの中で―」 【全体討議】 弓山 達也(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(11)」 鈴木大拙『英訳教行信証』改訂版刊行記念特集 ■巻頭言 本多 弘之 ■講演録 前田 專學 「鈴木大拙英訳『教行信証』編集をめぐって」 ■寄稿論文 安冨 信哉 「「相応」の智慧――大拙訳『教行信証』理解への一視点――」 ■インタビュー 岡村美穂子 「あの頃の大拙先生――英訳『教行信証』の思い出――」 ■英訳『教行信証』研究会 マイケル・コンウェイ 「鈴木大拙訳『教行信証』「行巻」管見――「如実修行相応」の英訳を手掛かりに――」 研究論文 田村 晃徳 「生命の名前―鈴木大拙訳『教行信証』の一側面」 研究論文 羽塚 高照 「鈴木大拙訳『教行信証』再版に寄せて」 佐藤 平 顕明 「Shinran Shōnin’s Rejection of Spiritual Pride with respect to a Certain Passage from the Amida Sūtra」
『現代と親鸞』第23号
寄稿論文 芹沢 俊介 「『観経』の世界・私観」 研究論文 内記  洸 「言葉と内面――清沢満之と近角常観――」 ■ 第37回現代と親鸞の研究会 向谷地生良 「病むこと、生きること――べてるの家の歩みかた――」 ■清沢満之研究会 加来 雄之 「清沢満之と宗教言説――自足と修養――」 ■『教行信証』真仏土・化身土巻研究会 織田 顕祐 「大乗『涅槃経』の思想と『教行信証』」 ■ 第4回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 香川 知晶 「いま〈いのち〉に向き合うということ――メタバイオエシックスの視点から――」 【全体討議】 池上 哲司(コメンテーター) ■親鸞仏教センター公開講演会2010 テーマ:「「ともに生きる」世界を再生するために」 【講演】 内山  節 「「ともに生きる」世界を取り戻すために」 本多 弘之 「本願の共同体」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(10)」
『現代と親鸞』第22号
『現代と親鸞』第22号 掲載Contents 研究論文 花園 一実 「末法思想の日本的展開」 越部 良一 「穢土の往生(2)」 ■ 第35回現代と親鸞の研究会 大井  玄 「「事実」と「意味の世界」」 ■ 第36回現代と親鸞の研究会 安冨  歩 「親鸞の思想とハラスメント」 ■ 第5回現代の諸課題と対話する研究会 鍋島 直樹 「親鸞の生命観は現代に意味をもちえるか―自死問題を契機として―」 ■ 第2回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 下田 正弘  「いのちの〈現場〉において仏教は何を語りうるか―語る以前に存在すること―」 【全体討議】 北西 憲二(コメンテーター) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(9)」
『現代と親鸞』第21号
研究論文 春近  敬 「多田鼎『修道講話』の英訳にみるキリスト教宣教師の真宗観」 内記  洸 「自己試論」 ■ 第34回現代と親鸞の研究会 河野 哲也 「道徳と法について」 ■ 第4回現代の諸課題と対話する研究会 本田 哲郎 「宗教者として社会の現実と向き合うとはどういうことか-釜ヶ崎・野宿者支援から見えてきたもの-」 ■ 親鸞仏教センター公開講演会2009 テーマ:「現代社会における人間形成-科学教育と宗教教育-」  松田 正典(講演)「親鸞と教育-化身の大地-」  清水  博(パネリスト)  本多 弘之(パネリスト) ■ 第2回親鸞仏教センター研究交流サロン 【問題提起】 伊東 乾 「済度と平等の誦唱 布教と識字:「笑う親鸞」と「猿楽法師蓮如上人」」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(8)」
『現代と親鸞』第20号
『現代と親鸞』第20号 掲載Contents 研究論文 山本 伸裕 「「精神主義」とは如何なる思想なのか?―雑誌『精神界』掲載「我信念」をめぐる一考察―」 常塚  聴 「須弥山と地球―科学的宇宙論と仏教的宇宙論の接触―」 ■ 第31回現代と親鸞の研究会 金子  勝 「グローバリズムの現在」 ■ 第33回現代と親鸞の研究会 北西 憲二 「現代社会と森田療法―現代人の苦悩の理解とその解決を目指して―」 ■ 清沢満之研究会 羽田 信生 「「伝道者」から「求道者」へ―清沢満之との関係における暁烏敏の転機―」 ■ 第3回現代の諸課題と対話する研究会3 森  孝一 「宗教から見るアメリカ―「見えざる国教」と多文化主義―」 ■ 第7回親鸞仏教センターのつどい 暉峻 淑子 「経済の豊かさと生きることの豊かさと」 本多 弘之 「信心の養育」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(7)」 ■ 英訳『教行信証』研究会 ケネス 田中 「真宗の英語表現と海外伝道―問題点と可能性―」
『現代と親鸞』第19号
研究論文 春近  敬 「ヘルマン・ベックにみる20世紀初頭ドイツにおける仏教」 大谷 一郎 「真宗と経済倫理―近江商人・妙好人の軌跡をとおしての一考察―」 ■ 第32回現代と親鸞の研究会 西岡 秀三 「持続可能な社会への転換―「低炭素社会」実現に向けて―」 ■ 清沢満之研究会 加藤 智見 「日本宗教思想史における清沢満之の位置」 ■ 第2回現代の諸課題と対話する研究会 斎藤  環 「「引きこもり」の若者に「宗教」の言葉は届くか」 ■ 公開講演会2008 テーマ:「現代社会における“救い”」 内田  樹 「現代日本における呪いと祝福」 本多 弘之 「現在状況の自己認識と未来への可能性」 ■ 第1回親鸞仏教センター研究交流サロン テーマ:「20世紀アメリカ文化と現代」 國府田隆夫 「日本とアメリカ―文化と文明という視点から―」 有賀 夏紀 「オバマ大統領就任の意味」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(6)」
『現代と親鸞』第18号
研究論文 楠  宏生 『アビダルマ仏教における修について』 越部 良一 『穢土の往生(1)』 ■ 第30回現代と親鸞の研究会 松尾 剛次 『現代における仏教の役割―葬式仏教再考―』 ■ 第1回テーマ別研究交流会 テーマ:「現代人の孤独」 内山  節 「現代人の孤独」 ■ 第1回現代の諸課題と対話する研究会 池内  了 「科学と宗教の対話の可能性」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(5)」 ■ 英訳『教行信証』研究会ノート 【問題提起】 羽塚 高照 「鈴木大拙訳「正信念仏偈」訳注(2)」
『現代と親鸞』第17号
『現代と親鸞』第17号 掲載Contents 研究論文 山本 伸裕 「清沢満之における「他者」理解」 常塚  聴 「日本における須弥山説の受容 ―世界観の接触の事例として―」 ■ 第28回現代と親鸞の研究会 井出 祥子 「日本のことば遣いに見られる仏教思想の影響」 ■ 第29回現代と親鸞の研究会 坂上  香 「善悪を超える―人間回復への試み―」 ■ 清沢満之研究会 長谷 正當 「「自己とは何ぞや」という問いをめぐって―清沢満之の「無限の因果」から見た二種回向の理解―」 ■ 第6回テーマ別研究交流会 テーマ:「現代人の孤独」 見田 宗介 「人間と社会の未来」 ■ 第6回「清沢満之研究交流会」報告 鷲田 清一 「成熟の意味」 本多 弘之 「闇に死し、光に生きん―横超の時間構造―」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(4)」
『現代と親鸞』第16号
研究論文 田村 晃徳 「学と信の関係─清沢満之における「宗教と学問」」 春近  敬 「多田鼎の信仰変容に関する一考察」 ■ 第26回現代と親鸞の研究会 藤田 庄市 「「世俗の尊さ」と「宗教的理想」」 ■ 第27回現代と親鸞の研究会 弓山 達也 「現代人の生命観とスピリチュアリティ」 ■ 公開講演会2007 テーマ:「いのちの不思議さ―科学と宗教の生命観」 【講演会】 清水  博 「生きていくとはどういうことか―科学的生命論より」 本多 弘之 「大悲の中に独り生きる―親鸞に学ぶ生命観」 【事前学習会】 三宅 美博 「心身問題と神経生物学―サールの生物的自然主義から―」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(3)」 ■ 英訳『教行信証』研究会研究ノート 羽塚 高照 「鈴木大拙訳「正信念仏偈」訳注(1)」 ■ 英訳『教行信証』研究会 マーク・L・ブラム 「鈴木大拙訳『教行信証』の特徴及びその意義」
『現代と親鸞』第15号
研究論文 山本 伸裕 「学問的真理と宗教的真理の関係や如何~清沢満之の「宗教哲学」を中心に~」 ■ 第25回現代と親鸞の研究会 池内  恵 「イスラーム教と現代の国際政治」 ■ 第5回テーマ別研究交流会 テーマ:「現代社会における孤独」 花崎 皋平 「ピープルネス(民衆性)・サブシステンス(生命性)・スピリチュアリティ(霊性)」 ■ 第5回親鸞仏教センターのつどい 本多 弘之 「親鸞の人間像と時間」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(2)」 ■ 英訳『教行信証』研究会 佐藤 平 顕明「真宗を英語で表現することの課題と可能性」
『現代と親鸞』第14号
研究論文 伊東 恵深 「他力門仏教の再構築―清沢満之「他力門哲学骸骨試稿」の思想的意義―」 羽塚 高照 「『スッタニパータ』「アッタカヴァッカ」における論争批判の現代的意味」 ■ 第23回現代と親鸞の研究会 民岡 順朗 「都市の記憶を継承する~イタリアに学ぶ修復型都市再生~」 ■ 清沢満之研究会 末木文美士 「清沢満之における宗教と倫理」 ■ 第4回テーマ別研究交流会 広井 良典 「持続可能な福祉社会とスピリチュアリティ―現代日本におけるコミュニティの諸問題―」 ■ 第4回「親鸞思想の解明」シンポジウム テーマ:「救済の生命場を求めて ―科学と宗教の出会い―」 【基調講演】 清水  博 「生命という出会いの場」 【提言】 本多 弘之 「本願に開かれた人間存在の場」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(1)」
『現代と親鸞』第13号
研究論文 本多 弘之 「霊性的自覚と宗教的時間」 ■ 第24回現代と親鸞の研究会 森  達也 「現代における存在の不安と宗教」 芹沢 俊介 「現代社会に親鸞思想は応え得るか」 ■ 第1回テーマ別研究交流会 テーマ:「孤独の身をどう生きるか」 平松 園枝 「サイコシンセシスの人間観」 ■ 第2回テーマ別研究交流会 テーマ:「孤独の身をどう生きるか」 平松 園枝 「自力と他力―意志について―」 ■ 第3回テーマ別研究交流会 テーマ:「孤独の身をどう生きるか」 高城 俊郎 「社会的活動と意思のはたらき」 平松 園枝 「孤独の身をどう生きる」
『現代と親鸞』第12号
研究論文 嵩  海史 「『唯信鈔』における信の思想の一考察」 山本 伸裕 「清沢満之の霊魂論」 ■ 第21回現代と親鸞の研究会 田畑 正久 「医療と仏教」 ■ 清沢満之研究会 竹内 整一 「清沢満之における内在と超越」 ■ 英訳『教行信証』研究会 ヒロタ・デニス 「英語圏における親鸞思想―現代的理解と表現を求めて―」 ■ 第4回親鸞仏教センターのつどい 帯津 良一 「エビデンスと直観―いのちの時代を生きる―」 本多 弘之 「自覚と事実」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(10)」
『現代と親鸞』第11号
研究論文 伊東 恵深 「浄土の開顕」 春近  敬 「自由キリスト教の仏教観―普及福音新教伝道会 宣教師の著作を手がかりに―」 ■ 第19回現代と親鸞の研究会 橋爪大三郎 「国家と宗教―共同体の光と影をめぐって―」 ■ 第20回現代と親鸞の研究会 佐藤  学 「本当の教育とは何か」 ■ 清沢満之研究会 深澤 助雄 「近代親鸞教学の系譜―清沢満之と曽我量深―」 ■ 第3回「親鸞思想の解明」シンポジウム テーマ:「 科学・哲学、そして宗教の間の対話を求めて―科学者は現代の情況に免責か?―」 國府田隆夫(基調講演) 斎藤 勝治(パネリスト) 本多 弘之(パネリスト) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(9)」
『現代と親鸞』第10号
研究論文 羽塚 高照 「仏陀観変遷の一段面―仏陀は「一切知者」か―」 本多 雅人 「浄土教の国際性―三別抄の思想的背景の一考察―」 ■ 第18回現代と親鸞の研究会 岡 百合子 「朝鮮史から見た日本」 ■ 英訳『教行信証』研究会 安冨 信哉 「大悲の解釈学―鈴木大拙訳『教行信証』私見―」 ■『聖典』の試訳『歎異抄』研究会 脇本 平也 「宗教原語を現代語に翻訳する意義と諸問題」 ■ 第3回親鸞仏教センターのつどい 三好 春樹 「老いと近代社会―市民がケアをダメにする―」 本多 弘之 「人間像と如来回向」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(8)」
『現代と親鸞』第9号
研究論文 伊東 恵深 「近代真宗教学の課題―清沢満之と曽我量深の応答を手がかりとして―」 嵩  海史 「親鸞は『唯信鈔』の「鈔」から何を聞き取ったのか―『唯信鈔文意』から見た『唯信鈔』引文の意味について―」 ■ 第16回現代と親鸞の研究会 西平  直 「アイデンティティとスピリチュアリティ―近現代における探究と現代社会における意味―」 ■ 第17回現代と親鸞の研究会 暉峻 淑子 「本当の「豊かさ」とは何か」 ■ 清沢満之研究会 今村 仁司 「清沢満之における「他力門哲学骸骨試稿」の思想的意義」 ■ 第2回「親鸞思想の解明」シンポジウム テーマ:「科学技術文明と現代の不安2―知によって覆い隠された世界と宗教―」 下田 正弘(基調講演) 菅原 伸郎(パネリスト) 本多 弘之(パネリスト) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(7)」
『現代と親鸞』第8号
研究論文 櫻井 智浩 「キサーゴータミーはなぜ、出家したのか?―〈出世本懐〉の時代的意義を求めて(その2)―」 武田 定光 「還相の時間論」 ■ 第14回現代と親鸞の研究会 加藤 典洋 「日本の現状と宗教の可能性 ―超越性と現代の文学をめぐって―」 ■ 第15回現代と親鸞の研究会 青木 新門 「現代の闇を破りうるか」 ■ 第3回現代における人間像に学ぶ研究会 森津 純子 「いのちと現代医療」 ■ 英訳『教行信証』研究会 坂東 性純 「『浄土論註』と二種回向」 ■ 第2回親鸞仏教センターのつどい 芹沢 俊介 「家族にとって、宗教とは」 本多 弘之 「浄土と家族」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(6)」
『現代と親鸞』第7号
研究論文 越部 良一 「不知の中の信仰 ―「死後」とはいつのことか―」 常塚  聴 「真宗における「聖典」の翻訳をめぐる問題 ―「対話」としての翻訳―」 ■ 第12回現代と親鸞の研究会 筑紫 哲也 「現代の世界の問題をどう見るか」 ■ 第13回現代と親鸞の研究会 鷲田 清一 「いま、生きる力を問う」 ■ 英訳『教行信証』研究会 坂東 性純 「鈴木大拙の『教行信証』英訳本に学ぶ」 ■ 第1回「親鸞思想の解明」シンポジウム テーマ:「科学技術文明と現代の不安」 國府田隆夫(基調講演) 下田 正弘(パネリスト) 本多 弘之(パネリスト) ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(5)」
『現代と親鸞』第6号(清沢満之特集)
研究論文 本多 弘之 「親鸞教学の法印―満之の信仰課題の展開―」 田村 晃徳 「言葉としての自己―吾人の価値は如何―」 藤原 正寿 「内観の仏道 ─精神主義の現代的意義―」 ■ 清沢満之研究会 今村 仁司 「清沢満之における『宗教哲学骸骨』の思想的意義」 寺川 俊昭 「道理心と宗教的信念―清沢における哲学と宗教―」 藤田 正勝 「日本における西洋哲学の受容 ―清沢満之と大西祝―」 ■ 鼎談 テーマ:「信仰と理性 ―清沢満之は現代に何を語り得るか―」 今村 仁司 竹内 整一 本多 弘之 田村 晃徳(司会)
『現代と親鸞』第5号
研究論文 『現代と親鸞』第5号 掲載Contents 藤井  淳 「漱石と満之 その周辺について」 ■ 第9回現代と親鸞の研究会 浅見 定雄 「カルトの予防と宗教教育」 ■ 第10回現代と親鸞の研究会 三好 春樹 「近代と老人介護」 ■ 第11回現代と親鸞の研究会 尾木 直樹 「今日の子供と教育の危機とは」 ■ 第2回現代における人間像に学ぶ研究会 諸富 祥彦 「心理学と現代社会」 ■ 第1回親鸞仏教センターのつどい 本多 弘之 「広大会に独り立つ」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(4)」
『現代と親鸞』第4号
■ 第6回現代と親鸞の研究会 森  明子 「生殖医療といのち」 ■ 第7回現代と親鸞の研究会 辺見  庸 「われわれは、いかなる時代を生きているのか」 研究論文 櫻井 智浩 「〈出世本懐〉の現代的意義を求めて-鈴木大拙英訳『教行信証』を通して-」 新田 智通 「知の自立と業績主義-「知識人の使命」をめぐる伝統的理解からの考察-(その一)」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(3)」
『現代と親鸞』第3号
■ 第4回現代と親鸞の研究会 高橋 紳吾 「現代社会とカルト」 ■ 第5回現代と親鸞の研究会 山藤 純子 「若者の不安」 研究論文 藤原 正寿 「現代における真宗の人間像」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(2)」
『現代と親鸞』第2号
■ 第1回現代と親鸞の研究会 高城 俊郎 「現代経済社会から生じる人間の行動基準」 ■ 第2回現代と親鸞の研究会 帯津 良一 「“いのち”の場と医療」 ■ 第3回現代と親鸞の研究会 高  史明 「現代における『歎異抄』の学びの視座」 ■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(1)」
『現代と親鸞』第1号(創刊号)
巻頭言 本多 弘之 「現代の闇に親鸞思想の光を開かん」 ■ 現代と親鸞の研究会(準備年度) 芹沢 俊介 「現代における教育と家庭の課題」 竹田 青嗣 「ヨーロッパ近代思想と現代」 平山 惠造 「脳死・臓器移植からみた医学・医療と「心」」

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