親鸞仏教センター

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The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

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今との出会い第234回「「適当」を選ぶ私」
今との出会い第234回「「適当」を選ぶ私」 親鸞仏教センター研究員 谷釜 智洋 (TANIGAMA Chihiro)  東京はセカセカした街と感じることがある。立ち止まった途端に取り残される気がする。だから、私は余計に張り詰める日々を過ごしているのだと思う。  5lack(スラック)というラッパーには、ことさら影響を受けた。かれの名のりである “Slack” という語句には「たるんだ、ゆるい」等の意味があり、うたいまわしや紡ぐ言葉にさえも緩さが溢れている。実際にかれのうたには、しばしば緩さをあらわす「適当」という言葉があらわれる。本来は「ある状態・目的・要求などにうまくあうこと。ほどよくあてはまること。ふさわしいこと」(『日本国語大辞典』第二版)を指す言葉だが、おおよそ、いい加減とかザツといった印象をまとってしまっている。不誠実、なげやりといった感さえある言葉だ。しかし...

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今との出会い第233回「8月半ば、韓国・ソウルを訪れて」
今との出会い第233回「8月半ば、韓国・ソウルを訪れて」 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤  真 (ITO Makoto)  8月のお盆休み中、学会発表のために韓国・ソウルを訪れた。海外へ渡航するのも、「リモート」でなく「対面」で学術大会に参加するのも、コロナ禍以来初めてだから実に3年ぶり。ビザの申請に韓国領事館前で炎天下に3時間並び、渡航前・ソウル到着時・帰国前と1週間で3度の規定のPCR検査に緊張し、日韓双方のアプリの登録や電子証明取得など、渡航は苦労の連続だったが、それだけの甲斐はあったと思う。今回は韓国で体験したさまざまな「出会い」について書いてみたい。...
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今との出会い 第232回「漫画の中の南無阿弥陀仏」
今との出会い 第232回「漫画の中の南無阿弥陀仏」 親鸞仏教センター嘱託研究員 青柳 英司 (AOYAGI Eishi)  日本の仏教史において、南無阿弥陀仏という言葉が持った意味は極めて重い。  この六字の中に、法然は阿弥陀仏の「平等の慈悲」を発見し、親鸞は一切衆生を「招喚」する如来の「勅命」を聞いた。彼らの教えは、身分を越えて様々な人の支援を受け、多くの念仏者を生み出すことになる。そして、現代においても南無阿弥陀仏という言葉は僧侶だけが知る特殊な用語ではない。一般的な国語辞典にも載っており、広く人口に膾炙(かいしゃ)したものであると言える。...
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今との出会い 第231回「病に応じて薬を授く」
今との出会い 第231回「病に応じて薬を授く」 親鸞仏教センター主任研究員 加来 雄之 (KAKU Takeshi) 「また次に善男子、仏および菩薩を大医とするがゆえに、「善知識」と名づく。何をもってのゆえに。病を知りて薬を知る、病に応じて薬を授くるがゆえに。」(『教行信証』化身土巻、『真宗聖典』354頁)...
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今との出会い 第230回「本願成就の「場」」
今との出会い 第230回「本願成就の「場」」 親鸞仏教センター嘱託研究員 中村 玲太 (NAKAMURA Ryota)  「信仰を得たら何が変わりますか?」――訊ねられる毎に苦悶する難問であり、断続的に考えている問題である。これは自身の研究課題とする西山義祖・證空(1177...
越部良一顔写真
今との出会い 第229回「哲学者とは何者か」
今との出会い 第229回「哲学者とは何者か」 親鸞仏教センター嘱託研究員 越部 良一 (KOSHIBE Ryoichi)  今、ヤスパースの『理性と実存』を訳しているので、なぜ自分がこうしたことをしているのかを書いて見よう。  小林秀雄は言う、「本当にいい音楽とか、いい絵とかには、何か非常にやさしい[易しい]、当り前なものがあります。真理というものも、ほんとうは大変やさしく、単純なものではないでしょうか。現代の絵や音楽には、その単純なものが抜け落ちています。そしてそれは現代人の知恵にも抜けていることを、私は強く感じます」(国民文化研究会・新潮社編『小林秀雄 学生との対話』〔新潮社、2014〕...

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