親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

どうしようもなさを共に

親鸞仏教センター研究員

谷釜 智洋

(TANIGAMA Chihiro)

お元気ですか
いかがお過ごしでしょうか?
こっちはさして問題もなく
みんな元気でやってマウス
暑いと言えば暑いのか
さむいと言えばさむいような
一言じゃとても言えないけど
とても快適なんだよ

(「彼方からの手紙」『WILD FANCY ALLIANCE』)


 スチャダラパーによる1993年のアルバム『WILD FANCY ALLIANCE』。その最後を飾る「彼方からの手紙」は一番好きな曲のひとつだ。特に最近、この曲を頻繁に聴いている。はじめに引用したのは、その出だしの歌詞である。

 この曲は、友人たちから届いた、一通の手紙というかたちをとっている。その友人たちは、なんだか快適そうな「彼方」を訪れているようだ。誰がどこから書いた手紙なのか、はっきりとは示されていない。不思議なメロディと相まって、発表されてから約30年経つが、現在も多くのファンに支持され、様々に考察されたりもしている。

 たとえば、この曲での「彼方」とは彼岸、つまり、あの世であるとか、精神が解放された境地が「彼方」である、などと解釈される。聞き手の経験や価値観によって多様な感じ方のできる曲なのである。

 この曲では、「彼方」にいる者たちが「『あぁ あいつも来てればなぁ』 って 本当にぼくも同感だよ それだけが残念でしょうがないよ」と、ところどころで繰り返す。


そうそうおもしろい事があったんだよ
確か2、3日前の事
ちかくにきれいな小川があって
みんなでそこへ遊びに行って
子供みたくキャッキャッ言ってたら
誰かが急に言い出したんだ
「川って海につながってんでしょ・・・」
おーしっ たしかめに行くぞーっ
行ったんだ ほんと確かめに
そんで3時間ぐらい歩いた時に
「川のはじまりって・・・」
イエ―ッ 気になる知りてーっ
来た道をくるり 逆にもどり
また3時間ほどたったころに
「ねぇ なんかお腹すかない」
ペッコペコ―ッ 何か食べたいーっ
あっさり 帰って たらふく食って
川の事はすっかり忘れて
そんなんで1日終わっちゃうんだよ
そっちじゃ 考えられないでしょ
やっぱり みんなで口にするのは
「あぁ あいつも来てればなあ」
って、本当にぼくも同感だよ
それだけが残念でしょうがないよ


 歌詞全体のなかでも、特に際立つ箇所だ。ここでは「彼方」にいる者たちが、近所の小川に行き、行ったり来たりしている様子が描写される。誰かが急にこんなことを言う。「川って海につながってんでしょ・・・」。そういうわけで彼ら(彼女ら?)は海に向かうのだが、数時間歩いたところで、また別の疑問を抱く。「川のはじまりって・・・」。彼らは来た道を数時間もどる。

 言い換えれば、彼らは川の果を求め、次いで川の因を求めて、ついにもともといたであろう出発点あたりに回帰したようだ。「ねぇ なんかお腹すかない」。空腹に気づいたとき、彼らにはそれにもまして大切なことは、さしあたり見当たらない。しかし、それもいいじゃないか、とも思う。どうしようもない右往左往に見えるかもしれない。しかし、私はこのどうしようもなさに共感する。

 何時間もかけて川沿いを放浪した彼らだが、決してそれ自体を無駄とは捉えていない。むしろ、そこにいない仲間と同じ時間や体験を共有したかったというところに価値を置いていることが伝わってくる。

 考えてみれば、コロナウイルス感染拡大の状況下で、無駄な会話は控え、不要不急の用事は自粛する、そういう雰囲気が社会全体にあった。この約2年、人と体験を共有することはかなり難しい状況にあった。そして、それはある意味では致し方ないことでもあった。

 当然、私たちは「彼方」にいる者たちのように自由気ままな生活をすごすことはできない。だけれども、私たちは今ここにいながら、目の前の仲間たちと同じ時間や体験を共有したいと思っている。そのことを、この曲は思い起こさせる。たとえ、どうしようもない時間や体験であったとしても――。

 だから最近、「彼方からの手紙」を繰り返し聴いているのかもしれない。

(たにがま ちひろ・親鸞仏教センター研究員)

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