親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

景色がかわるとき

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

親鸞仏教センター研究員

谷釜 智洋

(TANIGAMA Chihiro)

 「人格ある誰かを見失うな」。山川冬樹氏のインタビュー記事の見出しである(『毎日新聞』東京夕刊2020年6月8日)。偶然みつけたこの記事をきっかけに、山川氏が「ハンセン病問題」に向き合った『海峡の歌』というインスタレーションを発表していることを知った。かねてから氏のライブパフォーマンスには常に驚かされ、その世界観に魅了されてきたが、この『海峡の歌』に込められた思いには特に惹きつけられた。

 香川県にあるハンセン病療養所、大島青松園からかつて自由を求めて対岸にある庵治町へ泳いで渡ろうとし、その過程で命を落とした人々がいた。このインスタレーションでは、その事実に基づく映像作品も展示されている。([参照] ART SETOUCHI

 異なる療養所であるが、2014年に私は岡山県の長島愛生園へフィールドワークとして訪れたことがある。その際に園内にある真宗寺院や歴史館においてハンセン病の回復者の方々と交流する機会を得た。そこで眺めた海の景色は、自分には広々と穏やかに見えていた。歴史館の資料や回復者の方々の話から、愛生園から脱走を図った当時の患者達の中にも青松園と同様のことを試みて、亡くなられた方が何人もいたことを知った。この事実を知った途端、言葉では説明できないような感情がこみ上げ、穏やかに見えていた海の景色が一変するという体験をした。

 近代の大谷派と「ハンセン病問題」については、昭和6(1931)年に国が発した「らい予防法」の制定がまず注目される。この法令でいう「予防」とは名目で、ハンセン病患者を強制隔離するための法律であったといわれている。教団としてその政策に加担してきた大谷派は、法令の制定に合わせて、大谷派光明会を結成し、慰問布教として僧侶を療養所に派遣するが、その実質的目標は強制隔離を患者自身の運命としてあきらめさせることにあった。大谷派出身の僧侶であり医学者の小笠原登(1888-1970)は、この隔離政策に異をとなえたが、当時の教団を動かす力とはならなかった(『増補 小笠原登――ハンセン病強制隔離政策に抗した生涯』、東本願寺出版、2019年を参照)。

 2011年12月頃であったか、東日本大震災の被災地のひとつでもある岩手県の大槌町を訪れた際にも、愛生園のときと似たような感覚に襲われた。震災から1年も経たない時期であったが、余震がだいぶ落ち着き始めていたこともあり、同県に住む友人を尋ねた。友人からその景色を見るように促され、一人で大槌町に向かった。私自身にも被災地の現状をこの目で見なければという思いに駆られるところがあった。

 町には更地の中に山積みにされた瓦礫がいくつもあった。その港から海を見た途端、ここで多くの人の命が尽きたことを考えると、身がすくみ、かつてそこにいた人々の声すら聞こえてきたような気がした。なんらかの事実に触れることで普段通りの景色は、まったく違うものに映ってしまう。

 冒頭で言及した映像作品で山川氏は、過去の出来事とは逆に庵治町から大島までみずから泳いで渡るということを試みている。過去の事実に無関心であれば、ただ人が泳いでいる映像にしか見えないかもしれない。氏のやり方で「人格ある誰か」に接近していく試みであったのだと想像する。

 私の景色を一変させたのは、氏の言葉をかりれば「人格ある誰か」の存在だったのだろうか。

(たにがま ちひろ・親鸞仏教センター研究員)

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呼びかけられる

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

哲学研究者

永井 玲衣

(NAGAI Rei)

 遠くから、おーいと呼びかけられることが好きだった。


 おーい、おーい、と声がする。風が顔を吹き付けていて、少し肌寒いと感じるあの日のことだ。西日の傾きがゆっくりと一日が終わることを示していて、放課後の気だるい空気が漂っている。おーい、おーい、とまだ声がする。周りにひとはいなくて、わたしは平坦なゴム製のグラウンドをゆっくり踏みしめて西校舎に向かっている。おーい、おーい。だんだんとその声が、わたしの聞き慣れた声であることが分かってくる。おーい、永井、おーい。わたしの名前が呼ばれる。わたしは振り返って、声のする方を見上げる。友だちが、校舎の3階からわたしに手を振っている。おーい、おーい。


 記憶はそこで曖昧になっている。誰かに探されていたのか、その子がわたしに用があったのかは忘れてしまった。にもかかわらず、それはひどく嬉しかった記憶としてわたしの奥底に潜んでいる。

 誰かがわたしを呼ぶ声。聞こえるか聞こえないかわからないままに、それでもなお、何度も何度も呼びかけるあの声。おーい、おーーーい、というのん気で、切実な呼びかけ。



 哲学対話という奇妙な活動をしている。ある問いについて、ひとびとと考え、聞き合い、対話する。ここで行われるのは「会話」でも「議論」でもない。バラバラの人々と集まり、物事をゆっくりと深めていく時間である。


 ひとびとと共に考える問いは「人間に価値はあるのか」などいかにも哲学的というものもあれば「人間関係はなぜつらいのか」など日常的な悩みのもの、「友だちの人生を生きられないのはなぜ」など、考えてみればふしぎだと思えるものなど、様々である。

 わたしは自治体や学校、美術館や企業などで哲学対話をすることが多いが、ここ数年お寺でも対話を行ってもいる。ちなみに初回は「墓は必要か」という問いで、お坊さんやそのお寺の檀家さん、通りすがりの観光客、近所の人など、色々なひとが集まった。


 哲学対話は真理探究の場だが、急いでわかりやすい「正解」を出したりはしない。勝ち負けを決めたり、「いいこと」を言ったひとがえらいわけでもない。ひとびとは問いの下で平等であり、そこに優劣や権力が持ち込まれないように気が払われる。それは、あくまでこの哲学探究が「対話」であることにとどまろうと努力する試みでもある。


 哲学対話は「哲学」と「対話」の単なる合成語ではない。哲学的であることは、対話的であることだ。探求をするためには、その場が対話的でないと、哲学は育たない。対話に参加するあなたを、わたしたちは尊重する。言葉につまり、言いよどみ、時に沈黙するその時間も、哲学対話は丁寧に扱う。息遣い、誰かの汗のにおい、遠くで聞こえる工事の音、たまにごつんと当たる隣のひとの肘、すべてがその「場」に存在し、対話に参加していることを感じながら、わたしたちは哲学をする。


 新型コロナウイルスの影響で、学校や喫茶店、お寺など、色々な場所でひらかれていた哲学対話は次々と中止になった。輪になって座ることの多い対話は、顔をつきあわせ、互いの身体の近さを感じながら話し合うことがほとんどなので、いちばんの感染症対策は、その場をひらかないことである。

 こうして、多くの会議や研究会と同じように、哲学対話はオンラインで行われることが主流となった。


 オンラインで対話をすることについては、否定的な意見もあるし、同時に可能性を見出す声も聞こえてくる。おそらくその両方なのだろう。身体性を伴わない対話はどこか不安でつながりが希薄に感じられるが、すべてを等し並みにしてくれる画面は、圧迫感や緊張感を軽減してもくれる。休み時間での隣同士での簡単な会話、帰り道を共にしながら、考えそびれたことを語るあの時間はなくなってしまったが、普段参加しづらい状況にあるひとが参加しやすくなったり、より自由な形式での参加が可能になりもした。


 だから、オンラインでの対話は、対面の代替物というよりは、まったく別のものと考えたほうがいいのかもしれない。オンラインによって、対面と比較して何かができなくなってしまったとか、対面が可能になるまでのその場しのぎとかではなくて、また別の新しいコミュニケーションのひとつなのだ。

 わたしも最初は、どうやって対面の対話にオンラインの対話を近づけられるかを考えていたように思う。かつて見知っていた地点からしか、変容したあり方を考えることができなかった。


 まったく目新しいものとして、オンラインでの対話を見つめ直してみるとどうだろう。それでもやっぱり、これまでのやり方と比べてしまうけど、なぜだかふと頭に浮かんだのは、遠くにいる友だちがわたしに呼びかける声だった。



 もしもーし、聞こえますか、と誰かがわたしに呼びかけている。はーい、とわたしが応えるが、相手には聞こえていない。オンラインでのある哲学対話の時のことだ。他のひとたちが、聞こえてますよ、こっちはどうですかと呼びかける。あれ、聞こえていないのかな、という独り言がわたしたちの耳に届く。ちがう、あなたの声は聞こえているけど、わたしたちの声があなたに届かないのだ、とわたしたちは悟って、懸命に声を出す。もしもし!聞こえていますよ!おーい、おーい、聞こえています!わたしたちは相手に聞こえないことを分かっていながら、なぜだか呼びかけている。


 わたしはあの時間が好きだ。おーい、おーいと友だちがわたしの名前を呼んでくれたうれしさをなぜだか思い出す。呼びかけるということだけに集中しているあの瞬間。すぐそばにいないからこそ、声を張り上げて、その人の名前を呼ぶあの時間。

 すぐ近くにいれば、わたしはあなたの肩をそっと叩くことができる。近くに座るだけで、あなたは振り向いてくれる。


 だが、わたしたちはとおくとおく離れている。電波を通して、奇妙な仕方で集っている。だからこそ、わたしたちは言葉であなたにふれなければならない。祈るように、あなたに呼びかける。

 あっ聞こえるようになりました、とあなたが画面の奥で嬉しそうに笑っている。それをわたしたちはよかったねえ、と祝福している。声が届く、ということによろこぶことができる。こっちも聞こえますよ、ああよかった、聞こえますか?聞こえますよ、聞こえますね、とわたしたちは何度も確かめる。


 このとき、「声が届く」という普段見慣れたことがふしぎなことに様変わりする。画面に映るたくさんの人たちの背後には、それぞれの部屋がある。揺れる洗濯物、棚に押し込まれたぬいぐるみ、掃除機をかけるお母さん、横切る猫、少しくすんだ壁紙、走り回る子どもたち。のっぺりとした画面の奥に、パソコンを切ったその後に、ひとびとの生活と、それぞれのはてしなく続く人生がある。


 わたしたちは本当にばらばらで、見知らぬ他者同士だ。あなたがこれまで何をして、何を食べて、何にかなしみ笑ってきたのかをわたしは知らない。そして今後、あなたが何に喜び、何を失って、どんな人になるのかも知ることはない。


 だがあの瞬間だけは、おーい、おーいと互いに呼びかける。あなたの声が聞きたくて、あなたと話したくて、わたしたちは互いに一生懸命に声を届けようとする。一度つながったとしても、通信の関係で、突如としてあなたがいなくなってしまうこともある。不安定になり、一瞬だけ聞き漏らしてしまうこともある。わたしたちの対話の場は、非常に不安定で、奇妙で、もろいのだ。

 

 本当はオンラインの場でなくたって同じだ。他者と共に考える場は、対話だけでなく議論でも、会話であっても、不安定で奇妙でもろい。しかしオンラインは、そのことがより意識される。そして、普段の場のむずかしさが再び捉え返される契機でもある。


 いや、もっとシンプルに考えてもいい。哲学対話は、ひとびとと考えを問い合いながら考えを深めていく。そこにあるのは、独白的な語りではなく、あなたと共に考える共同的な語りだ。あなたが見知らぬ他者であっても、あなたが必要で、あなたと共に考えたいと思うし、あなたにも必要とされたいと思う。だからやっぱり、あなたに呼びかけられることはうれしい。


 仕事の帰り道、小さな子どもが、遠くの母親におーい、おーーいと声を出しているのを見かけた。母親は少し離れた駅ビルの二階のガラス窓から、穏やかに手を振っている。子どもは隣にいる父親と手をつなぎながら、おーい、おーーいと嬉しそうに飛び跳ねている。 呼びかけるのもまた嬉しいのは、なぜなのだろう。おーい、おーーい。

(ながい れい・哲学研究者)
専門は哲学・倫理学。哲学研究と並行して、学校・企業・寺社・美術館・自治体などで哲学対話を幅広く行っている。哲学エッセイの連載なども行う。共著に『ゼロからはじめる哲学対話』(ひつじ書房)など。

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テクストとしての宗教を読むということ――「語られた」像の思想史を描出する

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

親鸞仏教センター嘱託研究員

飯島 孝良

(IIJIMA Takayoshi)

 いささか面映ゆいことではあるが、ごく私的な経験談から始めたい。10代の終わり、学問的な気風に接することなく過ごしてきた私にとって、恩師が示して下さった“聖書学”という分野は、ひとつのカルチャーショックであった。聖書学は、聖書にちりばめられた「奇蹟(物語)」や「超自然」を合理主義の下に排し、人間イエスの精神とその時代を出来る限り客観的に描出することに努める営為である。すなわち、イエス自身の言行と思われたものも、福音書の記述と編集の段階で弟子や原始教団の意図や認識によって創出されたものであって、史実そのもののイエスを語るというよりも、記者や編集者それぞれの問題意識を反映した〈像〉と看做すのである。このように「史的イエス」探究を軸とした聖書学は20世紀に隆盛を極め、古代史学や社会心理学や言語学(言語行為論など)を総合的に踏まえてイエスとその時代を分析する「文学社会学」的聖書学へと結実していった。

 視点を仏教に移すと、イエスのみならず仏教者もまた、史的存在であるとともに「語られる」存在たり得る。その具体例として理解しやすいのは、所謂「宗祖」と称される存在である。法然にせよ日蓮にせよ、「救済者」「超越者」として伝承されることもあれば、とくに近現代では苦悩する「求道者」「人間」として語ることが増加する面もみられる。ただ、こうした多層的な「語り」が「宗祖」に関するものと看做される限りにおいて、その「語り」は宗門内部に留まるものになる。その一方、仏教者の中には、その魅力やインパクトが大きい故に、内部だけではなく外部にも波及し得る存在もある。例えば親鸞は、宗門の内部にも外部にも大きな影響を示したのは論をまたない。あるいは一休などは、臨済宗大徳寺派の「宗祖」というわけではなかったが――いや、それ故に――宗門内部よりもむしろ外部で先んじて多く語られ、一般において逸話が広く伝承して「一休ばなし」が形成されたとも考え得る。 このように、キリスト教にせよ仏教にせよ、「語られた」存在がひとつの文学的営為を惹起してきた。

 

 この「語られた」像は、宗門における伝承ばかりか広範にわたる文化的意匠として、ときに時代への危機意識を代弁するものともなれば、ときに人生の指標とされもしたのである。「現代にイエス(的な存在)が現れてきたら」と仮定するような芸術作品(例えば遠藤周作の諸作品など)や、一休を取り上げた芸術作品(例えば水上勉の小説など)は、その試みと位置付けられる。

 

 宗教者に関する「語り」が集積体となって形成した一連の文章とその創出を「テクスト」とし、その特質を分析しようとするならば、この「テクスト」をできる限り主観的な価値判断を排して整理する作業が求められる。それは方法論的に「テクスト批判」と称される学術的な作業と考えられるが、より詳しくは、「タテ」と「ヨコ」に着目してその特質を明らかにする作業と考え得る。この場合の「タテ」とはいわば“時系列的影響関係”への着眼であり、ひとつのテクストが生まれてから直近までにどのように読み継がれてきたのかを分析するものといえる。一方、「ヨコ」とはいわば“同時代的影響関係”への着眼であり、ひとつのテクストが同時期にどれほど多様な読まれ方を引き出して時代認識に影響を与えたのかを検討するものといえる。

 

 このように、テクストの影響関係を「タテ」と「ヨコ」に着眼して明らかにすることは、いわば「思想史」的作業といえないだろうか。すなわち、テクストから導き出された考えや着想=「思想」が、時系列的ないし同時代的にどう読まれ(続け)てきたのか、そうした点からそのテクストの存在意義を明らかにし得るのではないか。これは聖書学ないし文学社会学にも共通した問題意識であって、「語られた」仏教者の像を分析するうえでも不可欠な視座の筈である。テクストを読む我々は、いわばテクストを通して「語られた」像と対話を求められる。その像がフィクショナルなものであろうとそうでなかろうと、我々はその像がテクストにおいて何を語っているか、虚心坦懐に耳を傾けることがゆるされている。

 

 こうした「テクスト批判」には主観的な価値判断を差しはさまぬことが大前提の条件であるし、そこにこそ学術性が担保されもしよう。ただし、目の前のテクストが展開する物語や思想の何がしかに触れることで、解釈者自身の「信仰」や「体験」に影響しないとまで言いきれるものだろうか。あるテクストと向きあう際にあらわれる最も素朴な反応は、それが「心震わせる」とか「魅了してくる」といったものである。そうした反応は、「信仰」や「体験」とどれくらいの“距離”があるとみなせるのだろうか――これは、聖書学などのテクスト批判論に接してきた10代の終わりから、私の心に往いては来たり、来たりては去る、非常に複雑な問題である。言い換えれば、テクストというものを本当に客観的に分析することなどあり得るのか――そうしたところまで問いは及ぶものであろう。しかしむしろ、そこにこそ、宗教的テクストの特異性があるのではないか。

 

 「語られた」ものの集積体としてのテクストを追いかけることには、もうひとつの問いがその根底にある。それは、死に別れた存在が語られることと、そのテクストがどう読まれていくのかという問いである。こうした営みは学術空間に留まらぬものであり、むしろそのテクストとの対話を重ねれば重ねるほど、読む者と「語られた」者との“距離”は近づいてもくるのである。最も親しかった肉親や仲間を喪ったとき、その存在をひとつの像として想起せしめるテクストは、単なる感傷ではない「体験」をもたらす。「語られた」者がテクストを通してこちらに向けてくる「呼び声」に応えるのが「読む」という行為なのだとすれば、それは死した存在と生ける存在とのつながりがまた新たに見出されていく営みとなり得るものでもあるだろう。

(いいじま たかよし・親鸞仏教センター嘱託研究員)

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亀裂のなかで生きること

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神戸大学人文学研究科講師

齋藤 公太

(SAITO Kota)

 新型コロナウイルスの存在が国際ニュースの一角を占めるようになったのは、2019年の末頃だったろうか。それは当初遠い場所の出来事のように聞こえていたが、日本でも感染が広がり、人々の生活が一変するまで、さして長い時間はかからなかった。今や外出時にマスクをつけ、念入りに手指を消毒する生活にはすっかり慣れた。しかし、何か世界の位相がズレてしまったような居心地の悪さは、底流のように続いている。

 新型コロナウイルスとは一体何なのか。私たちはなぜこのウイルスに遭遇し、そしてどこへ向かっているのか。そこには何も意味がないのか。すべてが不明瞭なまま、とにかく日々を乗り越えるしかない。そんな感覚を抱いている人は、決して少なくないだろう。そしてこのような感覚は、10年前の東日本大震災の時にもあったことを思い出す。

 今回のパンデミックに限らず、自然災害や大きな事故は、普段私たちが世界を認識するために依拠している物語や象徴体系に亀裂を生じさせる。そして、 それらがいかに脆弱な根拠の上に成り立っていたかをあらわにする。そのため災害や事故が起こったあとには、医療や経済的支援などの現実的対処とは別に、出来事を再び物語や象徴体系のなかに組み込み、位置づけることが課題となる。

 だが今回のパンデミックの場合、このような受容過程が困難に直面しているように思われる。その理由の一つは、感染の拡大が長期にわたり、いまだ過去の出来事としえない点にあろう。また、感染防止と経済活動のいずれを優先するかという議論が常に繰り返されているように、パンデミックへの対応においても相矛盾する判断基準が対立し、明確な方針が見出せないことも、一つの理由だろう。

 歴史的な視点からいえば、前近代の日本において、このような出来事を解釈し、象徴的に意味づける上で、大きな役割を果たしたのは宗教だった。このほど刊行された朴炳道『近世日本の災害と宗教――呪術・終末・慰霊・象徴』(吉川弘文館、2021)は、徳川時代の日本人がいかに多様な宗教的象徴を用いて災害という出来事を受け止めようとしたかを教えてくれる。安政江戸地震の後に、地震の原因を地底の鯰(なまず)として描いた「鯰絵」はその代表例といえる。対照的に現代社会では、このような宗教的象徴による解釈は、個人や個別の集団においては可能であるかもしれないが、社会全体への広まりはもちえないだろう。なぜなら社会のなかで広く共有されうる宗教的象徴が、もはや存在しないからだ。

 振り返れば東日本大震災の時にも、同様の問題が存在していたといえるかもしれない。ただ当時は、今こそ「近代文明の転換点」、あるいは「日本の転換点」なのだ、という言説が語られることもあった(藤原聖子「大震災は〈神義論〉を引き起こしたか」『現代宗教2012』、2012)。そこではしばしば「文明」の傲慢さが批判され、「自然」に聴従して生きることが説かれた。ひるがえって今回のパンデミックも、森林伐採の拡大による野生動物との接触の増加が原因といわれており、自然破壊の一つの結果ととらえることができる。しかし10年前のように「自然」と「文明」の単純な二項対立に落とし込む言説は少ない。「文明」のもたらす高度な医療技術や情報技術が、今もし存在しなかったことを想像すれば、それも当然だろうか。

 実際には東日本大震災の時でさえも、その出来事は被災した当事者の人々にとって、到底「文明」と「自然」のような二分法で片づけられるものではなかっただろう。今回のパンデミックでは世界中のほぼすべての人々が何らかの形で影響を受けたために、傍観者とはなりえず、出来事の複雑さに直面せざるをえなかった。その点にも、このパンデミックをとらえがたいものにしている理由があるのかもしれない。

 しかし、もし現代においてもなお象徴的な意味付けの基盤となりうるものがあるとすれば、それはネーション(国民)という次元なのではないだろうか。ネーションは「想像の政治共同体」であるというベネディクト・アンダーソンの定義は有名だが、ネーションは単に想像的であるだけではなく、現代の人間が世界全体を想像するときの自明の枠組みとなっている。そしてその枠組みは、国民国家という現実の制度に裏付けられているがゆえに強固なのである。

 よくいわれるように、武漢で発生した新型コロナウイルスが世界中へとまたたくまに広がった背景には、国民国家を越境するグローバル化の進展がある。だがパンデミックへの対応がそれぞれの国家を中心としてなされているために、国民国家の枠組みの再強化が一部で進みつつあるように見える。水際対策のための入国制限は象徴的な例だ。たとえ人々が政府の施策を批判していたとしても、「国民」のためにより良い対策を求めること自体、ネーションと国民国家の枠組みを前提としているのだ 。

 他方、新型コロナウイルスが世界中へ広まって以来、それは時に「中国ウイルス」や「武漢ウイルス」と呼ばれ、中国人やアジア系の人々に対する深刻な差別と暴力も跡を絶たない。日本では感染が広まりはじめた当初、政府は「日本モデル」の成功を誇ったが、そうした目算の誤りがその後の対策の遅れをもたらした面は否めない。これらの例に共通しているのは、元来国籍をもたないウイルスの問題を、ナショナルな、あるいは人種的な象徴でイメージし、意味付けようとしていることだ。このような問題を解決する手がかりを見出すためには、象徴的秩序に対する人々の渇望や、それと結びついた国民国家の枠組みへと、まなざしを向ける必要があるだろう。

 いずれにせよ、このパンデミックもいつの日か収束する。そのときには国民による団結と克服の物語が語られるのかもしれない。だがパンデミックにより人生を大きく変えられた人々の痛みや呻きは、単一のわかりやすい物語や象徴へと昇華しうるものではない。そしてこのパンデミックは既存の社会を支える物語や象徴体系に亀裂を生じさせるとともに、それらによって覆い隠されていた人々のあいだの不平等や、社会システムの不合理、政治の機能不全をもあらわにしつつある。だとすれば、今必要なのはこの違和感のなかに留まり、ざわめきや不協和音へと耳を澄ませることなのかもしれない――現在とは異なる社会のありようを想像するために。

(さいとう こうた・神戸大学人文学研究科講師)
著書に『「神国」の正統論――『神皇正統記』受容の近世・近代』(ぺりかん社)。他論文多数。

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日常を永遠と。――浄土に呼び起こされる現実について

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

親鸞仏教センター嘱託研究員

中村 玲太

(NAKAMURA Ryota)

「もっと乱暴に、世の中の宙ぶらりんな物語を終わらせるべく襤褸の少女を派遣するというのはどうだろう。襤褸を着た少女がよたよたと歩いてきて空を見上げ「あ、流れ星」と呟くぐらいでもいいとも思う。世のありとあらゆる物語の中を渡り歩いてラストシーンを飾るというのは、大変に幸せな職業かもしれない」(高山羽根子「「了」という名の襤褸の少女」、『うどん キツネつきの』〔創元SF文庫〕所収)

 

 下に引っ張りすぎたTwitterが更新を渋っている。日常のネタ切れ。最初からそうしていればよいのだが、ようやく電子書籍に目を落とす。

 高山羽根子を読む。高山作品としては「母のいる島」「ビースト・ストランディング」が好みではある。奇想的な物語にあって細部が際立つリアルな描写、そこに抜群のユーモアが散りばめられている。この辺が読みやすい物語ではあるが、「オブジェクタム」「居た場所」のような、いびつな日常をウロウロさせ、消化不良が続き、なぜかいつまでも自分の中で生き続ける物語もある。これもまた魅力。

 

 もはや無意識的に「日常」と書いているが、過去に書いた自分の文章を読んでみても、「日常」や「生活」という言葉に高確率で出くわす。着実に「日常」が増えている。地に足つけた日常生活の重要性を、自分に言い聞かせるように書くのは、ダラダラと延々と続く日常の退屈さ、耐えられなさとの葛藤のようにも思う。

 高山は冒頭のエッセイ中に、物語を終わらせる行為の難しさを語っている。「とくに現実に近い物語であればあるほど、終わらせ方に困る。そもそも現実は終わらないものだから、物語の上で終わらせる時には違和感を法螺で注意深く塗り潰す作業のような行為が必要だと信じ、そのために手に余らせてしまう」と。現実は歯切れが悪く、どこまでもそうでありながら続く。

 

Δ

 

 日常と浄土。グダグダと延々と考えている問題だ。日常の延長が浄土なのだろうか。煩悩具足の生活を引き延ばした先が浄土ではないだろう。しかも、煩悩を本質とした生活を、自力の努力でその本質を変えることができないとすれば、我が身の想像の範疇を超えているとしか言いようがないはずだ。

 

 ここで考えるのは、浄土がこの世、穢土と隔絶しているとして、それをどう思考すべきか。穢土と浄土を並べて相対的に比較するのは、穢土も浄土も俯瞰して見る超越的視点である。果たしてこれは凡夫の範疇で成立する視点だろうか。

 しないのだと思う。この世界の否定形としてしか我々に現れ得ないのが浄土なのだと思うが、それはこの世界を超えた外側――にこちら側が立つ視点を常に奪う働きである。「今、ここでしかない」と有限性を自覚させる、外へと向かう視線を内側へとひっくり返す働きが「他力」と呼ばれる弥陀の本願力なのだと考えたい。

 

 しかし浄土教は、この世界はこの世界のままでよい、そのまま肯定されるのだ、という思想とは一線を画すものだ。それは外側から世界や〈いのち〉を丸ごと肯定する視点を剥奪するという形で、我々に現前し続けるのが浄土の働きなのだと思う。

 法然の直弟、西山義祖・證空は『散善義自筆鈔』巻一で、「具造十悪五逆、トライハ、生々世々ノ中ニ六道ニ輪廻シテ、造ラザル罪ナシ。愚痴迷惑ノ故ニ、スベテ是ヲ知ラズ。今仏願ノ不思議ナル事ヲ知ル時、無始已来ノ諸悪悉ク是ヲ悟ル事ヲ釈シ顕スナリ」(西叢二、187頁)と言う。無限の救済によって知らされる我が身は、あくまで「諸悪」、罪業を造り続けている身なのだ。それ以上ではない。ひとを傷つけ、自分を傷つけ、苦しみ呻く世界。ここにある自他の呻きの声に対して、何か超越的な視点で世界を肯定し、糊塗してしまうのではなく、悪や苦しみを「それをそれとして見る」のだ。しかし、それと同時に、人生を丸ごと否定する視点からも程遠い、いや断絶している。

 

 無限の救済に触れる我々の視点は、この世界や〈いのち〉の全肯定でも全否定でもなく、そうした視点に立ち得ない有限なる在り方の自覚ではないだろうか。我々にできるのはせめて部分肯定だけなのだと。なぜ部分肯定ではダメなのか。本来、こう問われるべきものなのかもしれない。

 いずれにせよ、無限の救済に触れる我々の現実は単なる現実ではない、外側のなさと同居した現実であり、それは無限の浄土に裏打ちされた現実なのである。

 

Δ

 

 5才のよつばの日常を描く漫画、あずまきよひこ『よつばと!』(電撃コミックス)15巻を読み直しながら、『親鸞仏教センター通信』第77号(2021年6月発行)の「あとがき」の校正をしている。自分で執筆したものだが、そこには相も変わらず「日常」と書いている。「帰るべき日常などというものは本来ないのかもしれない。日常は今までに想いを馳せ、新しさに驚嘆しながらちょっとずつ作られていていく――作っていかなければならないのだろう」と。

 全肯定/全否定のケジメをつけられない歯切れの悪い私の日常は、常に点検が必要だし、これはまあまあいい経験をしたと喜び、拭えぬ退屈さからSNSに逃避しては現実に巻き戻される。

 

 本来的に帰るべき、という形容がし難いのが日常なら、それを超えた浄土こそ帰るべき存在の本来的世界だとも言えようか。帰るべき世界からの呼び声に耳を傾けて、ふと現実に巻き戻されるだけではなく、そもそも我々にとっての現実とは何かを延々と考えていくべきなのだろう。

 

※本稿は、第2回「現代と親鸞」公開シンポジウム(テーマ:生まれることを肯定/否定できるのか?――反出生主義をめぐる問い)の問題提起を受けるものである。報告記事参照のこと。

(なかむら りょうた・親鸞仏教センター嘱託研究員)

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忘却を経てなお――森﨑東の言葉に寄せて

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

親鸞仏教センター研究員

東  真行

(AZUMA Shingyo)

 言葉はあくまで伝えたいことの「入れ物」なのだと、ある音楽家はいう。寺尾紗穂氏が述べるように「歌」と「訴え」が相通じているとして、こんな言い換えは可能だろうか。訴えの込められた入れ物が歌だと。

 切実な思いだからこそ、音に乗せるのか。親鸞もたくさんの和讃を遺している。それらは黙読される文字である以上に、読誦される言葉として今なお息づいている。読む者のみならず、勤行の会座を共にする聴聞者の心身をも文字通り震わせてきた。

 昨年の7月になくなった映画監督、森崎東のことをふと連想する。卓越した感性で引用される数多の「歌」と、観念的とも評される直截的な「訴え」とが、森崎作品では同居している。

 藤井仁子編『森崎東党宣言』(インスクリプト、2013年)には使用楽曲が約20頁にわたってリスト化されているほどで、本人のエッセイ集『頭は一つずつ配給されている』(パピルスあい、2004年)でもよく「歌」、すなわち往時の流行歌から軍歌、民謡、都々逸、漢詩、革命歌から校歌に至るまでが言及される。森崎は自身の人生を「片端から憶えては忘れてきた歌の総和である」(『頭は一つずつ配給されている』、374頁)と述懐するが、ここに「忘却」という晩年の課題が示唆されてもいるのだろう。

 その「訴え」については、敗戦の翌日に自殺した兄、湊に反発するゆえの「左傾傾向」(『森崎東党宣言』、186頁)を告白する通り、天皇制や原子力発電をたびたび烈しく批判した。

 また、森崎は「身」にまなざしを注いだ作家でもあった。『田舎刑事 まぼろしの特攻隊』(1979年)や『ペコロスの母に会いに行く』(2013年)では深刻な場面であればこそ、殊更に主人公たちの生身の存在感を強調している。渥美清演じる刑事の水虫、岩松了演じる漫画家の禿頭に執拗なまでに焦点を当てるという演出がそれであり、私などは何というか呆然とするばかりだ。

 

「精神」と聞いた途端に何やら心に重い疲れを感じる戦中派にとって、霊にしろ、心にしろ、魂にしろ、いわゆる精神論そのものが耐えがたくカッタルイのである。

(『頭は一つずつ配給されている』、383頁)

 

 鈴木大拙のいう「霊性」が果たして「いわゆる精神論」であるかはともかく、大拙の表現に首肯し得なかったと記す森崎である。だからといって身体にのみこだわったわけではない。「日本精神」の鍛錬と称して毎日数百回もの腕立て伏せを断行した兄とは逆の方向で、つまり何らかの強固なイメージに肉体を追いつかせようとするのではなく、むしろ老いていく身体のように精神を捉えること。この身は老病死に遭遇しつつも、まだ何とか生きて血を通わせている。同様に老いる精神にも、しぶとく生々しい肌ざわりを見出し得るのではないか。そのように「身」をみる森崎にとって、心身は老病死の現場であると同時に根源的な生をまざまざと感じる場でもあったのではないか。

 晩年の森崎が「認知症」と向き合っていた様子は、ETV特集『記憶は愛である~森崎東・忘却と闘う映画監督~』(2013年)に詳しい。記憶の総和が人生ならば、その喪失過程は生きながらの死か。森崎は自身にその問いを課すのだ。

 遺作となった『ペコロスの母に会いに行く』は、ある老女(演じるは赤木春恵)の「認知症」を物語の主軸に据えるという、みずからの苦悩と真正面から対峙する内容である。物語のクライマックスでは、どんな苦難があろうと、大切な記憶を思い起こす力が人間の「身」には生じるのだと高らかに宣言される。どこまでも深く忘れるということがあったうえで、それでも記憶はよみがえるという出来事が描かれており、ここには自身への応答があるのだろう。森崎は次のようにも述べていた。

 

私は最近ヤタラに忘れっぽくなった自分を死につつある人とは思いません。忘却は死でなく生の普遍現象であって、人は忘却と同時に回想という記憶の再生によって常に新しい生の体験をする。むしろ長い忘却の時間を経ることで、忘れていた体験の真実の意味を知ることすらある。

(『頭は一つずつ配給されている』、379頁)

 

 この稿を書きながら以前お聞きした、ある問いが思い出される。真宗大谷派の僧、暁烏敏から仏教を聞いた岡本禮子(法名は釋暁禮)という方の訴えである。「自分は暁烏先生に出会って、親鸞聖人の教えを聞いて、念仏さえあればどんな人生であっても生きていけると思ってきた。ところが最近は、あれだけ感動した先生の言葉が思い出せない。ときどき娘の名前もわからなくなる。ひょっとするとお念仏も出なくなるかもしれない。それでも私は救われるのか」と(加来雄之『真宗の死生観』〔大和仏教センター、2018年〕を参照)。どんなに深く教えと出会っておられたのだろう。出会ってさえいない者にとっては忘れるどころではない。

 森崎は、忘却の時間に裏打ちされた回想では、もともとの経験にそなわる「真実の意味」があらわになる場合さえあると記していた。不可避の忘却を経てなお、常に新鮮に真実を思い起こし得るとは不可思議である。この力には、いかなる表現がふさわしいのだろう。森崎は、あるイギリスの劇作家の「記憶は愛である」(『頭は一つずつ配給されている』、75頁)という言葉を紹介している。あるいは「憶念はすなわちこれ真実の一心なり」(金子大榮校訂『教行信証』、岩波文庫、176頁)と親鸞が記したとき、どんな実感がその胸中に去来していただろうか。

(あずま しんぎょう・親鸞仏教センター研究員)

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「うったう」――共感するという希望

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

シンガーソングライター

寺尾 紗穂

(TERAO Saho)

 アーティストとは何だろうとよく考える。私の身の回りの音楽のアーティストを見回すと、よく聞き、よく作り、よく演奏する人々という印象だ。ことに男性アーティストの多くが、熱心なリスナーであり、そこから自らの音楽にエッセンスを取り込んで作っていくことに長けているように感じる。私はと言えば、日常的に音楽を聴くことが出来ない。音楽を聴くときは誰かから「これがいいよ」と音源を渡されたり、知り合いのミュージシャンから新作を手渡された時などだ。歌もののアルバムであれば、歌詞カードを見ながら集中して過ごす一時間弱であって、それ以外に音楽を聴くということから遠ざかっている。加えて音楽を作る時間というのは日常的にない。私にとっての作曲は自転車に乗っているとき、あるいはお風呂に入っている時、あるいは駅で電車を待っている時ふいに思いつくものであって、その場でコードや歌詞を書きとめて、後でまとめることだ。例外的に人の詩に曲をつけたり、珍しく詩だけが先にできあがっている時は、30分くらいピアノの前に座って作るけれど、それは稀にだ。そんな具合だから、意識的に聞いたり作ったりがほとんどない自分はアーティストと名のっていいのかどうか、今でも自信がない。ピアノ弾き語りという形で活動はしているけれど、似非アーティストと言われても、「はい、そうかもしれません」と答えるしかない。


 それでも、私は死ぬまで日本のあちこちで歌っている、という勝手な確信がある。それは私がライブをさせてもらう中で感じていることだ。ライブ後に地方で丁寧につづられた手紙をもらう事も多い。ある人は、最近離婚したこと、転職すること、うつ病に苦しんでいること、息子が大学生になること、離婚調停が長引いていることなど、それぞれの近況を綴ってくれる。そしてあなたのこの歌がこんなときに支えになった、といったことを教えてくれる。表現者にとってこれほどありがたいこともないのだ。自分が悩みながら生きて、その過程で生まれた作品が、いつのまにか誰かの心に届いているという事実に、どれほどこちらが励まされることか。

 数年前、四日市市にある絵本やさんの二階のホールでライブをしたことがあった。ライブ後に絵本やさんの御主人に言われた言葉がある。


「寺尾さんはミュージシャンじゃないな。ミュージシャンてのは、お客さんを音楽世界に引き込むために、大抵前奏をつけるんだよ。あなたのは、ほとんど前奏なしで歌からぱっと始まる。ミュージシャンじゃなくてメッセンジャーだね」


 なるほど、と思った。ではメッセンジャーとは何だろう。シンプルに考えれば、言葉を伝える人だ。そうかもしれない。音楽家によっては、言葉の響きは気にしても、意味をあまり重視しないという人もいる。坂本龍一さんなども、歌詞を聴かないタイプだと聞いたことがある。そういう意味では私のファンの人たちは、とてもよく言葉を聴いてくれる人たちという印象もある。歌というものを考えるとき、メロディが素敵な曲というのは色々ある。けれどその中で時代を経て残っていく歌というのは、必ず言葉が優れている。伝えたい言葉と思いがあって歌になる。それこそが歌が歌として存在する意味ではないかという気がする。


 折口信夫によれば、「歌う」は「訴う」と同根の言葉であるという。訴訟と言う意味よりも、哀願や愁訴といったニュアンスだ。たしかに、そうではないだろうか。人類がはっきりとした言葉をもたないころ、つまり限りなく動物に近かったころ、おそらく悲しみや不満を表すとき、犬のようなクーンという音の高低をつけて表現していただろう。そういう原始的なところから、歌は発生している気がする。

 古代、語り部といわれる、古い伝承や寿詞、呪言や呪力を有した職業集団の一つに猿女の君がある。古事記のもととなった語りを誦していたと言われる稗田阿礼も猿女の君の支族、稗田氏だ。折口によれば、猿女の君は主として鎮魂の呪言を説いたという。古今悲しみの多くは死別によりもたらされる。呪言が鎮魂のために生まれ、悲しみを「訴え」たりなだめたりして、表現してきたというのは自然なことに思える。

 20代のころから別れの歌を多く歌ってきた。死は、避けるべきものではなく、私にとってはどこか身近なことだった。そして誰かを失う悲しみもまた、小さなころから強く感じてきた方だと思う。祖父母と別れる時、もう会えなくなるのではないかと泣きそうになることがよくあった。死を扱う歌も多い。「あなたの歌はどこか鎮魂のようね」と言われることもある。


 こうして振り返ると、「メッセンジャー」と言われた意味がだんだん腑に落ちる。私の歌は「訴え」であるのかもしれない。元来無口なほうである。発した先から消えていってしまうような発話の言語によって人と討論することも苦手だ。それゆえ「歌う」ことが私の「訴う」術なのだ。生きれば足跡のように歌が残る。その歌を辿って心寄せてくれる人がいる。私が感じたはずのことをあなたも感じている。誰もが立場が異なり、世の中、分かりあう事の難しさを感じることも多い中で、「訴え」が静かに誰かと共鳴しうることは、今も、これからも私の中の小さな希望である。

(てらお さほ・シンガーソングライター)
著書に『彗星の孤独』(スタンドブックス)など。

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「隔離」の残響

アンジャリWeb版2021年5月15日更新分

現代美術家・ホーメイ歌手

山川 冬樹

(YAMAKAWA Fuyuki)

 昨年から「隔離」という言葉を頻繁に耳にするようになった。

 この言葉を聞いて、わたしがどうしても想起せざるを得ないのは、ハンセン病をめぐる「絶対隔離」のことである。ここ数年、ハンセン病療養所に通い、回復者たちと密に関わりながらアートプロジェクトに従事してきた身からすると、この「隔離」という言葉を聞くたびに、どこか刃物で胸を突き刺されるような痛みを感じずにはいられない。さすがに最近は少し聞き慣れてはきたものの、この「隔離」という言葉が急にマスメディアで取り沙汰されはじめた頃は、思わず熱を出して寝込んでしまうほどだった。


 それはちょっと過敏な反応なのでは、と思う人もいるだろう。しかし果たしてそうだろうか? 確かにCOVID-19とハンセン病とは、同じ感染症とはいえ感染力も症状もまったく異なる病だし、現在のCOVID-19患者に対する医療政策と、かつてのハンセン病患者に対する隔離政策とは異なる。「隔離」という単語を辞書で引いても語義的には「絶対隔離」を意味しないし、第一わたしは隔離された当事者でもない。

 しかし言葉とは単に辞書に記された意味を機械的に伝達するだけのものではない。それはわたしたちが何を経験してきたかによって、さまざまな記憶やイメージ、身体感覚と結びつき、隠喩を含みながら流通する。むしろ人の心には直接的な意味よりもそこに含まれる隠喩の方が強く作用するもので、時に隠喩の方が一般化し、もともとの言葉の意味を変えてしまうこともある。


 例えば「癩(らい)」という言葉を辞書で引いてみると、それは病名の一つであり、すなわち「ハンセン病」のことだと記されている。しかしこの「癩」という言葉は現在、ハンセン病を引き起こす菌を意味する学名を除いて、一般的には使われていない。なぜなら古くから患者たちが差別されてきたなかで、もともと単なる病名だったこの言葉に、業病や天刑病、仏罰、不浄や穢れといったおどろおどろしいイメージがこびりつき、事実上の差別用語として流通してきたからである。

 「癩病」から 「ハンセン病」への改称の歴史を紐解いてみると、そこには言葉のイメージを解毒するための患者たちによる長年の闘いがある。 1952年、患者たちから成る「全国国立癩療養所患者協議会(全癩患協)」が政府に「癩病」を「ハンゼン氏病」と改めるように要望。翌年「全癩患協」は「全国国立ハンゼン氏病療養所患者協議会(全患協)」へと改称するも、厚生省は「癩」をひらがなの「らい」に変更するのみに留まった。当初、全患協はドイツ語訳の影響で「ハンゼン氏病」と濁音表記を使っていたが、1959年、英語読みに近い「ハンセン氏病」に改称。さらに1983年には「ハンセン病」と改称し現在に至る。以後も厚生省や日本らい学会は「らい」という名称を使い続けたが、1996年のらい予防法廃止を受けて、晴れて 「ハンセン病」が正式な用語となった。


 「隔離」という言葉に話を戻そう。明治期、西洋由来の外来語を表す数多くの和製漢語がつくられたが、「隔離」という語もまたその一つである。同時期にハンセン病の撲滅が日本の文明化の条件とされ、患者の排除が野蛮の克服に重ね合わされながら、隔離政策が進められたことを思い出すならば、「隔離」という言葉は、生まれた当初から明治政府の絶対隔離政策と一体だったし、少なくともらい予防法が廃止される平成8年までは、「隔離」といえば長らく「絶対隔離」の意味をもって社会に流通する状況にあったと考えるべきだろう。そしてその残響は未だに消えていない。少なくともわたしの感覚ではそうである。

 感染症の拡大を抑えるためにはもちろん隔離医療をタブー視すべきではない。しかしそこで必要とされるのは、あくまで人権を最大限に尊重した上で感染者と非感染者を相対的に分離する「相対隔離」であって、患者を村八分にし、社会そのものから排除し隔絶する「絶対隔離」ではない。

 現在、 無らい県運動が繰り返されるかのようにして、ハンセン病患者や回復者たちに向けられてきた差別の矛先が、COVID-19患者に向けられている。ここで忘れてはならないのは、とりわけ戦後においてハンセン病患者をこの「絶対隔離」へと率先して追いやったのは、他ならぬわたしたち市民だったということである。ハンセン病差別の責任を負っているのは国だけでない。市民の責任も同等に重い。


 もしわたしたちが、 この「隔離」という言葉に響く村八分や、社会からの排除や隔絶といった、負の残響を聴きとることができないとすれば、それはハンセン病患者もろとも、己の記憶をも隔離へと追いやり、無責任に放置しながら忘れ去っていることの何よりの証しであるまいか。「隔離」 という言葉に対して感覚的に拒否反応を覚えているのは、わたしだけではない。回復者自身やその家族も同様である。その生に直接触れてしまったわたしが熱を出して寝込んだとしても、それは一個の身体が示す反応として過敏では決してない。むしろ社会の方が鈍麻なのである。


 真宗大谷派の僧侶でもあり、 絶対隔離が国策として推し進められるなかで隔離に反対し続けた医師、小笠原登はこんな言葉を残している。


学生来訪 我ガ癩 ニ対スル信念ヲ問フ 「平凡」ト云フ語ニテ尽キタリ

(1942年6月16日の日記より)


 ハンナ・アーレントは1963年に『イエルサレムのアイヒマン』のなかで「悪の凡庸さ」について語ったが、小笠原は近代社会において悪が平凡であるならば、善もまた平凡であると、アーレントに20年以上も先立って語っていた。小笠原の診療を受けた患者たちが、小笠原先生はいつまでも根気よく自分の言葉に耳を傾けてくれた、と口々に証言しているが、そこには軍国主義化の熱に連動して叫ばれる絶対隔離推進の声の只中で、ごく平凡な、等身大の身体感覚をもった一人の人間として患者の声に耳を澄まそうとする小笠原の態度がうかがえる。メディアがわたしたちの感覚を過剰に増幅しながら逆に麻痺させ、かつ感情を煽るポピュリズム政治が横行するこの時代において必要なのは、理性的であることとともに、この平凡な、等身大の身体感覚に立ち返ることなのではないか。

 かつて鶴見俊輔も言ったように、重要なのは年表に記されている「国家の記憶」ではなく、一人一人の身体に刻まれている「人民の記憶」の方である。わたしがハンセン病療養所に通い続けながら、アートプロジェクトを通じて回復者たちと関わり、また療養所入所者らによって営まれてきた文化芸術活動に触れてきたのは、まず何より「人民の記憶」を、自らの身体に刻みつけ、芸術によって闇の歴史を生の光で照らし出すためである。


 ここで稿を閉じたいところだが、最後にもう一つだけ付け加えておきたい。ハンセン病の歌人、明石海人をベストセラーに導き、ハンセン病文学の功労者とされる、医師で歌人の内田守人は、「文芸による癩患者の精神開放運動」という論文のなかで、以下のように書いている。


 抑も 救癩事業の二大根幹は『如何にして療養所内に多くの病者を入所せしむるや』と云ふ事と『如何にして一旦収容されたる患者を療養所内に安住せしむるや』と云ふ事であらう。此の後者の問題に就ては「治療」と「慰安」とがあり、「慰安」にも「肉体的慰安」と「精神的慰安」とがある。

 精神的慰安の中にも作業による慰安や大衆娯楽は暫く之を措き、宗教的慰安と芸術的慰安とは、病者の精神文化問題として対社会的に広大なる意義を持つものであると思ふ。

(『社会事業研究』第25巻第9号〔1937年〕、122頁)


 内田がここで隔離を首尾よく行うために、宗教と芸術の重要性を説いているのは興味深い。真宗大谷派には小笠原登のような僧侶がいた一方で、教団としての真宗大谷派は「救癩」を掲げながら絶対隔離に大きく加担した歴史がある。そして芸術もまた絶対隔離に利用されてきたことを忘れてはならない。ハンセン病療養所では患者・回復者らによって豊かな文化芸術活動が営まれてきた。最終的にそれは、患者・回復者たちの自由の発露となり、差別と闘うための剣となり、とりわけ文学は日本文学史において極めて重要な足跡を残すに至るが、そもそも療養所内の文化芸術活動は患者たちの反動を抑え込み、療養所内の秩序を維持するための鎮撫(ちんぶ)工作として、国が奨励し、施設側からのお仕着で始められたものだった。芸術と宗教は両者とも人の心の深くに作用するものであるからこそ、処方の仕方によっては薬になることもあれば、毒になることもあるのだ。

(やまかわ ふゆき・現代美術家、ホーメイ歌手)
視覚、聴覚、皮膚感覚に訴えかける表現で、音楽/現代美術/舞台芸術の境界を超えて活動。己の身体をテクノロジーによって音や光に拡張するパフォーマンスや、トゥバ共和国の伝統歌唱「ホーメイ」を得意とし、これまでに16カ国で公演を行う。現代美術の分野では、マスメディアと個人をめぐる声の記憶を扱ったインスタレーション『The Voice-over』、自らが発する「パ」という音節の所有権を、一人のアートコレクターに100万円で販売することで成立するパフォーマンス『「パ」日誌メント』(2011~現在)などを発表。ハンセン病療養所(大島青松園)での長期的な取り組みもある。 共著に『コロナ禍をどう読むか――16の知性による8つの対話』(亜紀書房)など。

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投稿者:shinran-bc 投稿日時: