親鸞仏教センター

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The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて

浄土真宗本願寺派僧侶

仏教伝道協会出版事業部課長

江田 智昭

(EDA Tomoaki)

「お寺の掲示板大賞」とは何か?

 お寺の門前に設置されている掲示板を使った布教を仏教界では「掲示伝道」と呼んできた。掲示伝道がいつ始まったかは明らかではないが、佛教大学の大谷栄一教授によると、それは明治時代には既に行われており、大正時代には掲示伝道に関する『名句集』が出版されていたとのことである。

 この掲示伝道に着目して立ち上げられた企画が「お寺の掲示板大賞」である。掲示板に掲げられている言葉の写真を撮影して、SNSのTwitterやInstagramに投稿してもらい、「いいね」・「リツイート」の反響などを考慮しつつ、大賞を決めようというシンプルな企画である。これは現在私が所属している(公財)仏教伝道協会の主催で2018年に初めて開催された。この企画は寺院関係者でも、それ以外の人々でも「お寺の掲示板」の写真を撮影した人は誰でも応募することが可能であり、その写真の投稿者が表彰されるというルールになっている。

 広告宣伝費がゼロの低予算企画であるため、企画を立ち上げた自分自身でさえも成功を疑問視していたが、様々なメディアに取り上げられ、2018年の第1回目は700作品の投稿があった。その後、投稿数は年々増加し、2022年の第5回目の投稿作品数は4093。第1回目に比べると、応募期間が20日間短縮されているが、投稿数は5倍以上となったのである。


「お寺の掲示板大賞」におけるメディアミックス

 「お寺の掲示板大賞」は毎年大きな反響を呼んでいるが、その要因を分析すると、一つのポイントは「メディアミックス」にあると言える。

 「お寺の掲示板」とは、本来アナログなメディア(媒体)である。掲示板に筆文字の言葉を貼り付け、その前を通りかかる人へメッセージを伝える。時代遅れと言われてもおかしくないメディアだが、そのメディアにSNSと呼ばれる最新のデジタルメディアをミックスさせた企画が「お寺の掲示板大賞」である。

 このようなメディアミックスが起こることによって、SNSを利用する世界中の人々がお寺の掲示板の言葉を目にすることが可能となった。本来、掲示板の前を通りかかる人しか見ることができないものが、SNSを通して非常に多くの人々の目に留まり、リツイート(拡散)の機能などによって、さらに拡散されるのである。

 この影響力は非常に大きく、掲示板大賞に投稿されている作品は現在、中国国内のネットメディアでも取り上げられている。おそらくSNSを見た日本在住の中国人が掲示板の言葉を翻訳し、中国のサイトにアップしたのだろう。それらのサイトでは、日本の僧侶の伝道姿勢を讃えつつ、中国国内の僧侶を批判するコメントが散見された。このように中国でも話題になった影響により、2019年に福建省仏教協会のシンポジウムに招かれ、「お寺の掲示板大賞」に関する発表を行う機会があった。その際、中国や東南アジアの僧侶から「素晴らしいアイディアだ」というコメントが複数寄せられた。

 古来より格言が好きな中国人に日本のお寺の掲示板の言葉がうまくフィットしたらしく、お寺の掲示板に関する記事の中には900以上のコメントを集めたものもあった。これを見て、日本人よりも中国人の方が「お寺の掲示板大賞」を広く受け入れているのではないかと感じたほどである。本来ならば海外で見られない日本のお寺の掲示板の言葉が、中国国内の人々の心に刺さるということはありえないが、「掲示板」というアナログなメディアと、「SNS」というデジタルなメディアのミックスによってこのようなことが実現したのである。


「お寺の掲示板」の可能性

 「お寺の掲示板大賞」をきっかけとして、ここ数年「お寺の掲示板」というメディアが多くの日本のテレビ・ラジオ・新聞・雑誌・書籍・ネットメディアなどでも取り上げられている。これも一種のメディアミックスと言えるだろう。このことが掲示板大賞の投稿数の増加とも深く繋がっているのであるが、仏教界の企画でここまで多くのメディアに取り上げられ続けた企画は他におそらくほとんど存在しないと思われる。

 なぜこのようなことが起こったかというと、掲示板はお寺以外がほとんど持っていないオープンメディアだからだと思われる。現在は誰でもネットメディア(SNSなど)を通して自由に情報を発信できる時代であるが、掲示板というメディアを持っている存在はかなり限定される。「家の前に掲示板を設置して、いつもそこで情報を発信しています」という一般の人はおそらくいないだろう。

 デジタルメディアが隆盛を誇る中、筆文字で情報を発信する「お寺の掲示板」というアナログなメディアが逆にそのアナログさゆえに目立つようになってきた。日常生活の中でパソコンのフォントの文字に慣れすぎている私たちにとって、素朴な筆文字に思わず目が惹きつけられる。そして、お寺がそれまでに培ってきた伝統が掲示板の言葉に重みやギャップを与え、お寺の掲示板の言葉に注目が集まるようになったのではないかと私は分析している。多くの寺院関係者にとって、門前の掲示板の存在はこれまで当たり前のものであったかもしれないが、実は大変貴重な財産だったのである。

 「日本のお寺は、単なる風景に過ぎなかった」という新興宗教の信者による発言が以前話題になった。これは日本の伝統仏教への批判でもあったのだが、門前の掲示板を有効に活用することによって、風景で終わらせないことができるのではないかと私は考えている。「お寺の掲示板」は小さな存在であるが、仏教の教えを広める上で大きな可能性を秘めている。このことを多くの人々に知ってもらうため、今後も「お寺の掲示板大賞」を毎年継続していく予定である。

(えだ ともあき 浄土真宗本願寺派僧侶、仏教伝道協会出版事業部課長)

 著書に、『お寺の掲示板』(新潮社、2019)、『お寺の掲示板 諸法無我』(新潮社、2021)など。



「お寺の掲示板大賞」の詳細は公益財団法人 仏教伝道協会のホームページ(https://www.bdk.or.jp/kagayake2022/)をご覧ください。

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