親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

今との出会い第244回「罪と罰と私たち」

繁田真爾

親鸞仏教センター嘱託研究員

繁田 真爾

(SHIGETA Shinji)

 2023年10月、秋も深まってきたある日。岩手県の盛岡市に出かけた。目当ては、もりおか歴史文化館で開催された企画展「罪と罰:犯罪記録に見る江戸時代の盛岡」。同館前の広場では、赤や黄の丸々としたリンゴが積まれ、物産展でにぎわっていた。マスコミでも紹介され話題を呼んだ企画展に、会期ぎりぎりで何とか滑り込んだ。

 

 実はこれまで、同館では盛岡藩の「罪と罰」をテーマとした展示会が三度ほど開催されてきた。小さな展示室での企画だったが、監獄の歴史を研究している関心から、私も足を運んできた。いずれの回も好評だったようで、今回は「テーマ展」から「企画展」へ格上げ(?)したらしい。今回は瀟洒な図録も販売されたが、会期末を待たずに完売。若い来訪者も多く、「罪と罰」に対する人びとの関心の高さに驚かされた。

 

 展示をじっくり観覧して、とくに印象的だったのは、現在の刑罰観との違いだ。火刑や磔や斬首など、江戸時代には苛酷な身体刑が存在したことはよく知られている。だがその他にも、(被害者やその親族、寺院などからの)「助命嘆願」が、現在よりもはるかに大きく判決を左右したこと。「酒狂」(酩酊状態)による犯罪は、そうでない場合の同じ犯罪よりも減刑される規定があったこと。などなど、今日の刑罰との違いはかなり大きい。

 

 現在の刑罰観との違いということでは、もちろん近世の盛岡藩に限らない。たとえば中世日本の一部村落や神社のなかには、夜間に農作業や稲刈りをしてはならないという法令があった。「昼」にはない「夜の法」なるものが存在したのだ(網野善彦・石井進・笠松宏至・勝俣鎭夫『中世の罪と罰』)。そして現代でもケニアのある農村では、共同体や人間関係のトラブルの解決に、即断・即決を求めない。とにかく「待つ」ことで、自己―他者関係の変化を期待するのだという。この慣習は、人が人を裁くことに由来するさまざまな困難を乗り越える一つの英知として、注目されている(石田慎一郎『人を知る法、待つことを知る正義:東アフリカ農村からの法人類学』)。

 

 「罪と罰」をめぐる観念は、このように時代や場所によって大きな違いがみられる。まさに“所変われば品変わる”で、今ある刑罰観が、確固とした揺るぎない真理に基づいているわけではないのだ。

 

 だとすれば私たちは、いったい人間の所行の何を「罪」とし、それを何のために、どのように「罰する」のだろうか。そして罰を与えることで、私たちはその人に何を求めるのだろうか(報復?それとも改善?)。そのことがあらためて問われるに違いない。そして「罪と罰」は、おそらく刑罰に限らず、社会規範・教育・団体規則・子育てなど、私たちの社会や日常生活のさまざまな場面にわたる問題でもあるだろう。

 

 それにしても江戸時代の盛岡では、なぜ酒狂の悪事に対して現代よりも寛容だったのだろうか。帰宅後に土産の地酒を舐めながら、そんなことに思いをはせた。

 

(2024年3月1日)

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著者別アーカイブ

投稿者:shinran-bc 投稿日時:

『親鸞仏教センター通信』第87号

繁田真爾 掲載Contents

巻頭言

「勤行・阿弥陀仏・寂しさ」

 研究員 大胡 高輝

■ 連続講座「親鸞思想の解明」報告

「浄土に生まれるとは 本願を信ずるということ

 講師 本多 弘之

■ 第71回現代と親鸞の研究会報告

「わかりやすい救済」に 抗うために 

 ―リスク管理社会の人間観―

 講師 磯野 真穂

■ 第8回清沢満之研究交流会報告

世紀転換期の宗教思想運動Ⅱ

―近角常観・日蓮主義・哲学館―

報告 碧海 寿広

報告 ブレニナ・ユリア

報告 長谷川琢哉

■ 聖典の試訳(現代語化)『尊号真像銘文』末巻

菊池 弘宣 「聖覚和尚の銘文」③

コラム・エッセイ
講座・イベント

刊行物のご案内

研究会・Interview

繁田 真爾

研究員の紹介

SHIGETA Shinji
(嘱託研究員)

プロフィール

専門領域

日本史・思想史・宗教教誨

略歴
1980年山口県光市生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。
博士(文学)。

東北大学大学院国際文化研究科, GSICSフェロー(現職)。
明治学院大学、中央大学、日本大学、東京医療保健大学、各非常勤講師(現職)。
早稲田大学台湾研究所招聘研究員(現職)。

日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費 特別研究員奨励費「近代日本における「監獄教誨」成立史の研究―犯罪・刑罰・宗教―」(2019〜2022)
日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究「「悪」の統治実践と人間観をめぐる近現代日本の思想史的研究―監獄教誨・死刑・宗教―」(2022〜2025)

第14回 日本思想史学会奨励賞 『「悪」と統治の日本近代:道徳・宗教・監獄教誨』(法藏館、2019年)
所属学会
日本近代仏教史研究会、日本思想史学会、『宗教と社会』学会、日本宗教学会、
研究業績

researchmapを参照。

当センター刊行物への執筆

『現代と親鸞』第38号
『現代と親鸞』第35号
『親鸞仏教センター通信』第87号
「親鸞仏教センター通信」第57号

WEBコンテンツの執筆

今との出会い第244回「罪と罰と私たち」
コラム・エッセイ
講座・イベント

刊行物のご案内

研究会・Interview
『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2022年2月1日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2021年5月15日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2020年6月15日更新号)

『現代と親鸞』第38号

繁田真爾 掲載Contents

■ 第5回親鸞仏教センターのつどい 講演録

吉本 隆明 「日本浄土系の思想と意味」

■ 安丸良夫インタビュー

【インタビュー】

安丸 良夫 「親鸞思想の現代的意義――「人生史に即した回り道」を経由して――」

【解説】

繁田 真爾 「安丸良夫の民衆史研究と「親鸞」」

【追想】

名和 達宣 「インタビューを終えて――「最後の安丸良夫」と「親鸞問題」――」

■ 連続講座「親鸞思想の解明」

本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(24)」

コラム・エッセイ
講座・イベント

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研究会・Interview
投稿者:shinran-bc 投稿日時:

『現代と親鸞』第35号

繁田真爾 掲載Contents

研究論文
■ 第52回現代と親鸞の研究会

井手 英策 「尊厳と思いやりが交響する財政―次の世代がその次の世代とつながるために―」

■ 『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会

加来 雄之 「「対偽対仮」という営み――「顕浄土方便化身土文類」の課題――」

■ 第2回「清沢満之研究交流会」報告

全体テーマ:「清沢満之から問われるもの――異領域間の「対話」は可能か?――」

【問題提起】

繁田 真爾 「方法としての〈清沢満之〉の可能性――「悪」と近代への問い」

名畑直日児 「清沢満之再誕――その歴史的意味」

杉本 耕一 「今村仁司の清沢満之論と「宗教哲学」の課題」

【全体討議】

岩田 文昭(コメンテーター)・名和 達宣(司会)

【追想】

岩田 文昭「杉本耕一君の逝去を受けて」

■ 第13回親鸞仏教センターのつどい

下田 正弘 「称名念仏と浄土―現代の思想的課題からの照射―」

本多 弘之 「深層意識の自覚化」

■ 連続講座「親鸞思想の解明」

本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(21)」

コラム・エッセイ
講座・イベント

刊行物のご案内

研究会・Interview
投稿者:shinran-bc 投稿日時:

「親鸞仏教センター通信」第57号

繁田真爾 掲載Contents

巻頭言

本多 弘之 「現代生活の罪業性と法蔵願心」

■ 連続講座「親鸞思想の解明」

講師 本多 弘之 「名が行となるということ」

報告 越部 良一

■ 第51回現代と親鸞の研究会報告

講師 内藤 正典 「イスラームとその世界―私たちが知っておくべきこと―」

報告 田村 晃徳

■ 『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会報告

講師 加来 雄之 「「対偽対仮」という営み―「顕浄土方便化身土文類」の課題―」

報告 藤原  智

■ 第2回清沢満之研究交流会報告

テーマ 「清沢満之から問われるもの―異領域間の「対話」は可能か?―」

繁田 真爾 「方法としての〈清沢満之〉の可能性―― 「悪」と近代への問い ――」

名畑直日児 「満之再誕―― その歴史的意味 ――」

杉本 耕一 「今村仁司の清沢満之論と「宗教哲学」の課題」

岩田 文昭(コメンテーター)  名和 達宣(司会・企画)

■ 『尊号真像銘文』試訳

内記  洸 「善導大師の銘文」(2)

■ リレーコラム「近代教学の足跡を尋ねて」

名和 達宣 「鎌倉市稲村ヶ崎・寸心荘」

コラム・エッセイ
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研究会・Interview
投稿者:shinran-bc 投稿日時: