親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号)

アンジャリWeb20220515
「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること
「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること 浄土宗総合研究所研究員 石田 一裕 (ISHIDA Kazuhiro)  経典は読誦の対象であり、読解の対象でもある点で、読み物である。  読誦のときの経典は譜面だ。手に取った経本に記される経文を目で追いながら、声を出して一文字一文字を読み上げていく。その声は仏への祈りであり、儀礼を成り立たせる大切な要素となる。読誦は仏への真心によって成立する一つの行である。...
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「読み書きのできない者たちの中国古代史」
「読み書きのできない者たちの中国古代史」 早稲田大学文学学術院教授 柿沼 陽平 (KAKINUMA Youhei)  親鸞は、読み書きのできない大衆(以下、無文字階層)をまえにして、仏法を説いたといわれている。たとえば『歎異抄』をみると、いたずらに学問に拘泥するよりも、むしろ「一文不通のともがら」が無心に念仏をとなえる姿をほめたたえている。また親鸞は晩年に「いなかのひとびとの、文字のこころもしらず、あさましき、愚痴きわまりなきゆえに、やすくこころえさせんとて、おなじことを、とりかえしとりかえしかきつけたり」とのべ、『一念多念文意』を著わしている。こうした親鸞の教えが13世紀頃から徐々に日本に広まってゆく背景には、無文字階層の民の存在があった。おりしも鎌倉幕府が成立し、関西方面では寺社仏閣・貴族が、関東方面では武士が中心となってしのぎを削るなか、親鸞のまなざしは無文字階層の民に注がれていたのである。...
アンジャリWeb20220515
親鸞さんのわすれもの
親鸞さんのわすれもの 脚本家 今井 雅子 (IMAI Masako)  「脚本家の仕事を動詞ひとつで言い表すと?」  講演のつかみに、この質問を投げかけている。真っ先に挙がる答えは「書く」だが、書くことと同じくらい「話す」ことに時間と労力を割く商売である。三時間の打ち合わせで話し合ったことを踏まえ、三時間かけて原稿を書くといった具合だ。話すことと対になる「聞く」も欠かせない。物語のモデルになる人物や職業について取材したり、世の中の声を拾ったり。執筆には「調べる」が欠かせない。膨大な資料を「集める」のも「読む」のも取材であり、読んで字のごとく「取って来た材料」を使い勝手のいいように整理したり並べ替えたり「まとめる」までが、料理で言うところの下準備。それを「組み立てる」のが調理で、「ひらめく」のは味つけといったところか。作業には終始「考える」が伴い、何度も「直す」「磨く」を経て脱稿、納品となる。...
アンジャリWeb20220515
You know me〜月並みに口説くな〜
You know me〜月並みに口説くな〜 アーティスト なみちえ (Namichie)  深く沈み込んでゆく。何重にも天幕が覆い被さる。この眠りは本当に永遠に続くのだろうかとゆっくり考えている…。考え続けている……。だが永遠はすぐに終わった。ヒュッと何か巻き戻したかのような感覚で時空間は歪み、その勢いで自分が自分を起こした。「ッゴホホッ」と喉の奥から大きな音を立て、むせ返り床と一体になっていた体が分離した。はっとなり起き上がり、その新鮮な体は周りを見渡す。目の前の丸いテーブルには奇妙な形をした、歪な湯呑みが置いてある。...
中村玲太顔写真
いびつさの居場所
いびつさの居場所 親鸞仏教センター嘱託研究員 中村 玲太 (NAKAMURA Ryota)  そうでしたねー、と透明な相づちを打つ。自分の気持ちが透明なのだから仕方ない。今年1月に祖母を亡くした。ある時期、両親よりも長い時間を祖母と過ごしていた。ただ、親族や地元の知り合いが祖母を語る輪には入れなかった。18歳で地元を離れ、川崎で10年を過ごした。魂の故郷は川崎だと思っている。と余分な思いを挟みつつ、故郷とは割り切れないものだなと思う。好きでもあるし嫌いでもある、自分のルーツだと言いたくもあるし言いたくもない。そんな何とも言い難く、それでいて「魂の」などと形容をつける必要もなく、必然的にそこにずっと在る故郷の、故郷を象徴するような祖母の葬儀に参列していた。...
伊藤真顔写真
釈尊×地蔵菩薩——忉利天宮の対話劇
釈尊×地蔵菩薩——忉利天宮の対話劇 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤  真 (ITO Makoto) ■対話なき今  オリンピックと同じく「平和の祭典」であるパラリンピックがまさに開催されていた2月末、ロシアがウクライナへ軍を進めた。開会式では国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長が「私は平和のメッセージから始めたい……始めねばならない」と切り出した演説が話題になった。オリンピック・パラリンピック開催期間中の休戦を求める国連決議(ロシアと中国も共同提案国に含まれている)にも言及しながら、「21世紀は戦争と憎悪ではなく、対話と外交の時代」だとし、包摂的で、差別と憎悪と無知と紛争から自由な、そんな世界を希求すると述べた。異例とも言える直截的な平和の訴えだが、演説のこの部分などが(おそらくは政治的配慮から)中国国営テレビの生放送では中国語に翻訳されなかったことが報じられた。...
菊池弘宣顔写真
根源的な虚無とどう向き合うか
根源的な虚無とどう向き合うか 親鸞仏教センター嘱託研究員 菊池 弘宣 (KIKUCHI Hironobu)  新型コロナウイルスの問題に直面して、二年という年月を経てきた。私自身、コロナ以前のことを振り返るのがつらくなっている。もはや、以前のようには戻れないと感じるようになったからである。失われてきたものの大きさに、ようやく気づかされることになってきたからである。...
宮部峻顔写真
流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神
流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神 親鸞仏教センター研究員 宮部 峻 (MIYABE Takashi)  気づけば、新型コロナウイルス感染拡大から2年が過ぎてしまった。「自粛」が始まった当初には「非常」として感じられた現象は、すっかり日常生活を侵食してしまった。自粛生活がルーティン化したからといって、事態がよくなったわけではない。街を少し歩いてみても、閉店してしまった馴染みの店が目につく。新型コロナウイルスの感染は、人類にほぼ等しく降りかかるリスクでありながら、その痛みは偏在する。...
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どうしようもなさを共に
どうしようもなさを共に 親鸞仏教センター研究員 谷釜 智洋 (TANIGAMA Chihiro) お元気ですかいかがお過ごしでしょうか?こっちはさして問題もなくみんな元気でやってマウス暑いと言えば暑いのかさむいと言えばさむいような一言じゃとても言えないけどとても快適なんだよ (「彼方からの手紙」『WILD...

「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること

石田一裕

浄土宗総合研究所研究員

石田 一裕

(ISHIDA Kazuhiro)

 経典は読誦の対象であり、読解の対象でもある点で、読み物である。

 読誦のときの経典は譜面だ。手に取った経本に記される経文を目で追いながら、声を出して一文字一文字を読み上げていく。その声は仏への祈りであり、儀礼を成り立たせる大切な要素となる。読誦は仏への真心によって成立する一つの行である。

 一方、読解はそうではない。それは疑念や迷いをともなう答え探しだ。一人の仏教徒として仏の説いた教えの海に飛び込むと、底の見えない深さに不安を覚え、果ての見えない広さに自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。しかし、そこに真実があると確信して飛び込んだ以上、自身の疑いをはらすべく、もがきながら、迷いながら教えの海を進んでいくしかない。

 私が最もよく読む『無量寿経』には、小さな升であっても極めて長い年月をかければ、大海を汲み尽くし、底にある財宝を手に入れることができると説かれている。仏の真の智慧を求めて、日々この水を汲み上げるのが仏道実践であり、経典の読解もその一つである。

 たいそうなことをいっておきながら、インド仏教、その中でもアビダルマという分野を専門とする私が、このような経典読解を仏道実践として認識したのは、近年のことである。日々の研究はインド仏教史の一端を明らかにすることを目的とした営みであり、その視座においては大乗経典もまた一つの資料にすぎない。現在の仏教研究の最前線である大乗仏教の起源の解明は、個々の経典の成立を課題として研究が進められている。経典の成立が課題になるのは、当然、それが歴史的ブッダの金口の直説ではないことが前提になっているからである。

 仏教研究者は聖典を一つの文献として扱い、その成立過程を議論し、経典そのものをそこに説かれるブッダと切り離して、大乗経典が仏説であるという信仰を排した態度で自身の研究に臨む。このような研究によって、インドにおける仏教の歴史が明らかにされ、個々の経典が成立した思想背景が浮かび上がりつつある。しかし、仏教研究において研究者が完全に信仰を排しているかといえば、それは否である。研究の手法においては主観的要素が入らないよう注意深くなるが、そもそもの研究対象の選定には自身の信仰が大きく影響を与えている。

 インド仏教研究を概観すると『無量寿経』や『阿弥陀経』といった浄土経典や『法華経』の研究が盛んであり、近年ではインド後期密教の研究が進んでいることがわかる。これは偶然ではない。というのは、日本の仏教では浄土宗や浄土真宗の浄土教系の寺院が多数あり、天台宗をはじめとした『法華経』への信仰は今でも力強く続いている。密教は真言宗という形で継承され、様々な儀礼や真言は文献上の記述としてだけではなく、生きた宗教として実践されている。研究者はこのような自身の信仰から逃れることはできない。それが自身の研究テーマの選択に影響を与え、客観的研究を推し進める原動力になっていくのであろう。その意味で、仏教研究に信仰が果たす役割は大きい。

 それでは、純粋に信仰の対象として経典を読誦する現場では、仏教研究の成果がどのような影響を与えているだろうか。

 私は、昨年、大乗非仏説をテーマとした講習会の講師を依頼された。その打ち合わせの席で、大乗仏教が仏説でないにも関わらず、私たちがそれを信じることの意味について話して欲しいという要望を聞いた。このような、大乗非仏説に対する困惑は、僧侶の養成に携わる中でも見ることができる。小さい頃から読んできたお経が、学問的には仏様が説いていないと知って、ショックを受ける者がいるのである。

 ここには「ブッダが説いたからこそ経典には信じる価値がある」という理解がある。テーラワーダの出家者であれば、この主張を全面的に受け入れ、パーリ語で伝承された経典こそが、あるいはそれのみが、ブッダの直説であると断言するであろう。

 ところが、日本の僧侶の中にはそのような断言をできない者がいる。これは、大乗非仏説という一つの研究成果が信仰に与えた影響といえよう。それゆえ大乗非仏説に対する僧侶としての見解が求められるのだ。この状況は『アンジャリ』本誌第41号(「日本仏教における「慈悲殺生」の許容」)で大谷由香が指摘した事実、すなわち仏典を当事者として受け止め、覚悟をもって仏典の世界を生きることが、現代の僧侶にとって困難な可能性があることを示している。

 仏典の世界を生きるために必要なこと、言い換えれば大乗非仏説という学説を乗り越えるためには、大乗を仏説として受け止め、その世界を生きる覚悟が必要である。その覚悟はあらゆる経典をブッダの直説として受け止めることであり、またそのようにして仏道を歩んだ先達の学説を指針にするとき、二千年以上の間、仏教徒が生きてきた広大な地平が開けてくる。私はこの「として」を選び取ったときにこそ、現代の仏教者が信仰の世界に生きることが可能になると思っている。そこを生きると決めるのは自分自身だ。そして、その選択をしながら生きている中で、その決定そのものが仏の導きであったとわかるのであろう。

 仏説だから経典を信じるのではなく、私が信じたとき、そこに仏説としての価値が生まれるという私の解釈を、逆説的に感じる人もいるだろう。しかし、それこそが、大乗仏教が間違いなく仏説であるという確信を生むと私は考えている。

 いつでも、誰にでも、ブッダが説いた経典の世界は開かれている。信仰の世界を生きるかどうかを決めるボールは私たちに預けられている。

(いしだ かずひろ浄土宗総合研究所研究員)

 著者に『お坊さんはなぜお経を読む?』(浄土宗出版)。他論文多数。

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