親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

今との出会い 第221回「「自由」と「服従」」

清沢満之

親鸞仏教センター研究員

藤村  潔

(FUJIMURA Kiyoshi)

吾人は自由を愛して之を求め、服従を憎みて之を厭ふ。是れ自由と服従とを以て、互に相容れさるものとなすものなり。自由と服従とは、果して然く相容れさるものなるや如何。

(「自由と服従との双運」、岩波版『清沢満之全集』巻6、29頁)


 昔、真宗学の中で清沢満之(1863 – 1903)に関する講義をしばしば受講した。専門用語や知識の範囲では学ぶことはあったが、ただそれらの諸概念がどのような背景から生み出されたのか、当時の自分の感性にはピンとこなかった。最近になってふと学生時代のノートを開き、読み返してみると、実に貴重な講義を受けていたことを思い知らされる。

 そのような私にも、今でも記憶に残る清沢満之に関する思い出がある。正確な年月は憶えていないが、清沢の専門ではない日本宗教史、近代仏教を専門とする先生の講義であった。清沢の思想を教理的に縷々(るる)説明するのではなく、むしろ彼の個性や人間性にフォーカスを当てた内容であった。特に清沢における「自由と服従」というテーマに切り込んだ話は、熱心に聞き入った。


 「自由と服従との双運」と題する短い論文は、雑誌『精神界』に収載されているため、現在ではどの時期の清沢の言説(あるいは門弟の筆録した言説)に相当するものか通説的に知り得るだろう。だが、当時受講した私はそのような背景など知らず、単に清沢が語りかける「自由」と「服従」をめぐる問題に心を傾けた。

 「自由」と「服従」――、人は決して単独に存在するものではない。常に他者との関係の中で成立する。「自由」と「服従」とは、そうした自他存立の人間関係の中から生まれてくる問題に他ならない。たとえば、自分が自由を完全に占めるならば、他者を服従の位地に陥らせて支配する。反対に他者が自由を完全に占めるならば、自分は服従せざるを得ず支配されるのである。自分の自由と他者の自由が衝突するところに、人間の葛藤があり、煩悶が生み出されていく。当時、人間関係の儚さに苦悶していた私としては、清沢が教えてくれた「自由」と「服従」の問いに深く共感した。そこには、生身の清沢の姿を感じ取れたように思う。


 万物一体の真理に目覚めれば、「自由」と「服従」とは、決して利害を相反するものではなく、同一本体の活動作用から生み出される相依相待なる道理と理解される。万物一体の真理に到達することは、我々における宗教心の根本的課題であろう。その大理想を掲げる中で、「自由」と「服従」とは、現実社会を生きる様々な人間関係に適度な緊張感を与えてくれる教示と言える。

 今日SNSなどから個々の言説が広く発信されるが、自分の自由と他人の自由が交わされる議論の場を、明治期に生きた清沢の目にはどう映るのだろうか。清沢が求めた真正の自由とは何か。これからも私はこうした彼が投げかけた「自由」と「服従」の調和を基本に据えて、自分の立ち位置を確かめていきたいと思っている。

(2021年9月1日)

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今との出会い 第204回「「クロノスタシス」って知ってる?―野村佐紀子写真展”GO WEST”―」

清沢満之

親鸞仏教センター嘱託研究員

長谷川 琢哉

(HASEGAWA Takuya)

コンビニエンスストアで 350mlの缶ビール買って

きみと夜の散歩 時計の針は0時を差してる

“クロノスタシス”って知ってる? 知らないときみは言う

時計の針が止まって見える現象のことだよ

きのこ帝国「クロノスタシス」(2014年)


 きのこ帝国というバンドの「クロノスタシス」という曲をたまたまインターネットで聞いたのは、昨年末のことだった。スムースなR&B調の曲が自分の好みにあっていたことからまずは惹かれたのだが、しかしこの曲が私の心に強く残ったのは、その歌詞によるところが大きかった。


 この曲が描いているのは、カップルが休日の真夜中に散歩をしている情景である。二人は缶ビールを飲みながら家に帰っているところで、女性の方(ボーカルが女性なのでそのように仮定しよう)は、この夜の散歩になんだか夢のような心地よさを感じている。しかしその時突然、彼女は「クロノスタシス」って知ってる?と相手に問う。そしてそれを知らなかった相手に対して、「時計の針が止まって見える現象のことだよ」と説明する。そういう曲である。


 「クロノスタシス」というのは、動いている時計の秒針をふと見た瞬間、その時計が壊れているかのように止まって見える錯覚のことである。これは錯覚であるから、もちろん秒針はすぐに動き出すだろう。しかしその錯覚が生じている瞬間は、時計の針が永遠に止まってしまったかのように感じられる。つまり、ほんの一瞬の中に永遠(の錯覚)を感じることが「クロノスタシス」であるとも言えよう。


 そしてこの曲のおもしろさは、恋愛の一場面を描写するために「クロノスタシス」というモチーフを用いているところにある。恋人同士の心地よい夜の散歩。語り手である彼女は、この幸福がずっと続くかのように一瞬感じた。しかし彼女はまさしくその瞬間に、相手に「クロノスタシス」って知ってる?と問うのである。ということはつまり、彼女は気づいていたのだ。永遠にも感じられる今この瞬間の幸福が錯覚であり、すぐに移ろってしまうものであることを。


 さて、この曲に私が興味を惹かれたのは、ちょうどその頃、写真家・野村佐紀子が碧南市藤井達吉現代美術館で開催した個展(「野村佐紀子写真展”GO WEST”」)に合わせたレクチャーを行う機会があったからだ。野村佐紀子は長年、荒木経惟のアシスタントをつとめた写真家であり、人物ポートレートや男性ヌードを得意としている。また、荒木の作風を受け継いでか、野村の写真の多くには、生と死を見つめる独自の視線が感じられる。例えば野村は写真家としてのキャリアの当初から、後に亡くなった男性モデルを撮り続けており、その出会いと別れが自らを作家として成長させたという。生の裏側に常に存している死。生を描くことは死を描くことでもある。ごく当たり前のこうした事実を私たちは忘れがちであるが、野村の写真を見ていると自然とそうしたことが思い起こされる。


 野村の個展が開かれた碧南の美術館は、ちょうど清沢満之の自坊である西方寺の目の前に位置している。それを機縁として、今回の展示で野村は清沢満之に関連するいくつかの新作を撮り下ろした。当時は不治の病であった結核を患っていた清沢満之は、文字通り血を吐きながら自身の信仰についての思索を続けた宗教哲学者である。その意味で、写真家としての野村の作風と、モチーフとしての清沢満之の相性は良いように私は感じた。展覧会で私は野村の作品を数多く見たが、直接清沢に関係する写真以外でも、深いところで何か通底するテーマを十分に感じさせるものだった。


 野村の個展に合わせたレクチャーでは、私は清沢満之について話すように依頼されていた。しかし写真の門外漢である私が何を話せばよいのか。レクチャーの1週間程前、ちょうどそのことを考えている頃に、たまたま私はきのこ帝国の「クロノスタシス」を聞いたのだった。何となくこの曲が頭から離れず、そしてどこか野村展のレクチャーで自分が話すべきことと関係があるような気がしていた。考えはまとまらなかったが、配布資料に歌詞の一部を引用して持参した。


 そして当日。私は来場した一般の方に向けたレクチャーで、主に清沢満之の生涯と思想、信仰を紹介した。数多くの挫折に見舞われながら、清沢満之がいかにして他力信仰を獲得するための思索を行ったのか。そして失意の底にあったはずの死の直前に、いかにして清沢は「「現世に於ける最大幸福」を感じる」と語りうるほどの境地へと至ったのか。そうしたことがレクチャーの主題となった。


 一通り話し終わった後、私は最後に「クロノスタシス」について言及した。この上なく幸福な瞬間に、しかしその幸福が実は錯覚であることに気づいていることを歌った曲として。そしてそれは逆の意味で、清沢満之の信仰にも似ているような気がするとも。私が考えていたことが参加者の方々に十分伝わったかはわからないし、私自身も完全には言語化できていなかったように思う。しかし私の話を受けてキュレーターの方が、写真という芸術の特徴は一瞬を永遠に切り取ることであって、それはクロノスタシスに似ているところがある、と補足してくださった。一瞬と永遠、絶望と幸福、あるいは生と死。その反転は際どく、ある意味では錯覚のようなものなのかもしれない。しかし少なくとも清沢満之は、不幸のどん底で現世の最大幸福を感じるという信仰の逆説が、本当に自分の身の上に生じていると確信していたのだ。そして今になって思えば、野村の写真から私が感じたのも、生の一瞬を切り取ることによって、そこに死の永遠を刻みつけるといった、写真の逆説的な営みそのものだったのかもしれない。この逆説、反転がいかなるものであり、いかにして実現されるのかということ。野村展を通して私の心を捉えていたのは、おそらくこのことだったように思う。そしてそれは、どこかクロノスタシスに似ているのかもしれない。


――そして現在。あのレクチャーからわずか数ヶ月の後、私たちの生活は一変してしまった。ついさっきまで健康だった人が亡くなることもあれば、安全だと思っていたことの多くが危険なものにもなった。その反転はあまりにもたやすかった。生と死は紙一重、あるいは一体であるということが、日々、現実的に突きつけられている。私たちは平穏な日常が永遠に続くものだと思いこんでいたが、しかしそれこそが錯覚だったのだ。

 とはいえ、私たちの生活が根本的に儚く移ろいやすいものであるということは、仏教が昔から説いてきたことでもある。そしてその上で、なにか確かで、永遠に続くようなものがあるとすれば、それはこの儚く移ろいやすい生活のただ中においてのみ、現れ出るに違いない。あるいはほんの一瞬、錯覚のように。

(2020年5月1日)

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今との出会い 第196回「ともしびとなる日々」

清沢満之

親鸞仏教センター研究員

東 真行

(AZUMA Shingyo)

「…いや…… …ええと …うん 日記を …つけはじめるといいかも知れない」

「日記?」

「この先 誰が あなたに何を言って …誰が 何を 言わなかったか あなたが 今… 何を感じて 何を感じていないのか たとえ二度と開かなくても いつか悲しくなったとき それがあなたの灯台になる」

(ヤマシタトモコ『違国日記』第1巻、第2話より)


 突然の事故で両親を失った女の子に、その亡き母の妹である女性がこのように語っている。


 様々なSNSが横溢する現在、紙媒体の日記に手書きするひとはどれほどいるだろう。少なくとも私はそのひとりではないし、友人たちを思い浮かべてはみるものの見あたらないようだ。


 こう書き出してみると、ある思い出がふと去来する。2007年、原美術館で見たヘンリー・ダーガーのことだ。ダーガーは人知れず、2万ページを超える物語原稿と300枚以上の挿絵を遺して生涯を終えていった。かれは自作の原稿を読み返しただろうか。寝る間を惜しんで書き継ぎ、もしかすると2度と開かれないページもあったのではと想像をめぐらせる。同時に、遺されたあらゆるページはかれの生を照らす灯台ではなかったかとも思う。


 日記を書くのは、どんなこころなのか。1日の終わりにひとり、まっさらなページに向かう。その日の些事、投げかけられた言葉、感じたことなどを記すとき、ひとは必ずしもひとりではない。メモ程度の日記であれば話は別だが、腰を落ち着けて黙々と書こうとすれば、すでに過去となった出来事が再現され、ひとびとが躍動し語ることもある。他者のみならず、いまあらわされ出づる言葉を読むみずからもまた見出されてくる。さらにはその日記がいずれ誰かに読まれることになる、そんな未来までもが、ペンを走らせるところに訪れている。しばしのあいだ足をとどめ、日々のきめを手探り、あらわす。悠々たる時がそこには流れているのだろうか。


 明治期の哲学者であり仏教者、清沢満之は少なからず日記を遺している。岩波書店版の全集でおおよそ400ページ超の文量だから、40年の生涯でそれなりの時間を日記に費やしたといえよう。そのなかでも「臘扇記」(1898年8月より1899年4月までの日記)は間接的または部分的にではあるが、もっともよく読まれた日記といえる。というのは、門弟のひとりである多田鼎が「臘扇記」から言葉をえらび整えた文章「絶対他力の大道」(『精神界』第2巻第6号、1902)は、清沢を仰ぎ慕うひとびとによってよく拝読され、そらんじられてきたからである。


 「絶対他力の大道」は清沢の存命中に発表されており、このことから清沢の日記が当時、門弟たちのあいだである程度は共有され、読まれていたことがわかる。部屋でひとり、筆を走らせていたときも、門弟たちのおもかげが清沢のもとを尋ねていたのだろうか。


 おそらく清沢自身は、みずからの日記を門弟たちほど繰り返し読むことはなかったし、まして拝読することもなかった。2度と開かないページもあったかもしれない。しかし、日記につづられた言葉は、清沢みずからの悲痛を照らす灯台として、その心中に結晶化されていたのではないか。そして、清沢と等しく人間としての苦悩をいだく門弟たちにとっても、日記に遺された清沢の言葉が、悲しみにあえぐときのともしびとなっていったにちがいない。「絶対他力の大道」はいまなお読み継がれている。


 清沢が生きた日々が言葉としてとどまり、門弟たちにかぎらず、多くの者たちの苦悩を照らす灯台となったとは、おどろくべきことである。私たちが生きる1日は、実はそれほどに重たい。私たちが日々絶えず遭遇する悲しみは、私たち自身のともしびとなる日々にあがなわれるほかないのかもしれない。


 私たちが生きる日々のきめのなかにすでに、悲しみをいやす答えは見出されているのではないか。私たちはその答えを通りすぎていたのだ。だから、遮二無二に発信するのではなく、みずからの内へともぐることの大切さをいま一度、私は思わずにはいられないでいる。

(2019年9月1日)

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