
探偵物語

親鸞仏教センター研究員
藤村 潔
(FUJIMURA Kiyoshi)
高校一年の頃であったと思う。地元の中部地方で放映されたCMを観て釘付けとなった。長身で足が長く、パーマの髪型の上に帽子を被り、サングラスをかけたスーツ姿の出で立ち。Zippoライターから煙草に火をつけるシーンなどを見た時には、胸が躍った。
当時はリメイク版の映像であったため、登場人物が、どの時代の誰なのか判然としなかった。そこで6歳上の兄に質問したところ、「松田優作だよ」と教えてもらったのである。すなわち、そのCMで流れていた映像は1980年に放映された『探偵物語』のワンカットであった。『探偵物語』が流れていた頃は、折しも私が生まれた年である。時代的にいえば、私の両親と松田優作は同世代である。松田優作はその後1989年にガンで亡くなった。享年40歳。今生きていれば、70歳近くであろうか。
高校生であった私はCMのきっかけとなった『探偵物語』をレンタルビデオで借り、全話視聴した。さらには彼が出演した『蘇る金狼』『それから』『家族ゲーム』『ブラックレイン』などの映画も夢中で観た。それぞれの映画のキャスティングに応じて、松田優作はアクション、インテリジェンス、ミステリアス、シュールな役を変幻自在に演じた。
なかでも、思い出深いシーンがある。『探偵物語』第6話「失踪者の影」で発せられた言葉である。記憶違いがあるかもしれないが、概ね次のようなストーリーである。
田舎の食堂で働いていた若い女の子「レイコ」が、男性のお客さん「オカモト」にみそめられて「結婚しよう!」と言われた。その言葉を本気にしたレイコは、オカモトの住む東京に出向く。そこで松田優作が演じる探偵の「工藤俊作」に捜索の依頼をするのである。レイコは彼を追うように東京に引っ越し、夜の歓楽街で働きつつ、結婚を約束したオカモトを捜し続けた。工藤はそうしたレイコの一途で純真な心に打たれ、必死に捜索したが、調査をすればするほどオカモトの素行の悪さを知ってしまう。工藤は彼女にその事実を伝え、彼のことを諦めるようにと促すが、レイコはまったく聞き入れない。そのような中、工藤を介してレイコとオカモトがいよいよ再会する。レイコはオカモトのことを決して忘れていなかった。だが、とうのオカモトはといえば、レイコの存在をまったく憶えていない。当然結婚の約束もしていないと言い放つ。そうこう議論している場で、3人はギャングの襲撃に出くわす。もともとオカモトが恨みを買っていたからである。ギャングの1人がオカモトを目がけて拳銃を発砲。そのオカモトをかばい楯になったのが、レイコであった。レイコはそのまま崩れるように倒れ、非業の死を遂げる。
『探偵物語』はコミカルな展開の中にも、所々に複雑な人間模様を描写している。どうしようもない自堕落した生活を送るオカモトであったが、上京したレイコは恋心から彼を追いかけた。物語の終盤、殺人事件ということで、日頃から付き合いのある刑事らが工藤の探偵事務所に押し寄せて、事件全体の因果関係を簡単に済ませようと話す。そこで工藤俊作を扮する松田優作が発した言葉に、私は衝撃を憶えた。
人間ってのはさ、なんかこう、冗談なのか本気なのか分からない、ギリギリんとこで生きてんじゃないかしら?
(『探偵物語』より)
松田優作は台本通りに読まず、その時の場面設定に応じて自由に言葉を発する俳優として有名である。もちろんこの台詞が彼自身から自然に出てきた言葉かは、今となっては知る由もない。ただし、物事の真相はどうであれ、ひたむきに生きる人間が、結果的に報われないことを彼は決して嘲笑うことなく、人間のはかなさとして的確に捉えている。
もともとは松田優作の外見的な所に憧れていたはずが、いつの間にか彼が出演する作品で発せられる言葉の一つひとつに心が打たれるようになった。奇しくも今年、私は松田優作が亡くなった年齢に至った。彼への憧憬は今なお胸に秘めている。
(2020年10月1日)
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