親鸞仏教センター

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The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

Interview 第14回 山本聡美氏「死を想い、今を生きる——九相図による生死の往還——」後編

山本聡美

共立女子大学文芸学部教授

山本 聡美

(YAMAMOTO Satomi)

Introduction

 死体が腐乱して、白骨になって朽ち果てていくまでの九段階を細部までを克明に描写した「九相図(くそうず)」。死体を九段階に分けて観想することを特に九相観と呼ぶが、この際イメージの助けとして用いられた図像が九相図である。九相観とは、現実の死体を繰り返し凝視し、現在ある肉体が不浄であることへの理解を深め、己の淫欲を滅するための修行であり、九相図はその手引きとなる。

 今回は、六道絵や九相図など、人間の死生観にかかわる絵画を研究されてきた山本聡美氏に、九相図に込められたものをうかがい、その魅力に迫った。

(大澤 絢子)

 

【今回はインタビューの後編を掲載、前編はコチラから】

――男性が九相図を通して発心や煩悩滅却を想うのに対し、女性はそこに自己を見いだすと先生は述べられていますが、はたして女性は九相図に積極的な意味を見いだすことはできるのでしょうか。

 

山本  九相図が、女性にとって自己投影であったという私見を支える傍証を一つあげます。後白河上皇の第六皇女であった宣陽門院(1182〜1252)が発願した醍醐寺の焔魔(えんま)堂の外壁に、九相図が描かれていたという記録があります。女院が発願した仏堂の壁画になぜ九相図が描かれたのか、ということを考えたときに、その九相図が彼女自身の信仰の表明という役割も果たしていた可能性が浮かび上がってくるのです。

 ここには、自身のあさましい姿を、仏堂の外壁という衆人の目にさらされる場所に描くことで、自分自身の穢れや罪深さを自覚し、さらに他者に知らしめることで万人を導く、という意味合いがあったのではないか。中世において、九相図のそうした理解は一般的でなかったかもしれませんが、宣陽門院などの、何人かのとても豊かな教養を備えた女性たちの周りには、九相図を女人教化の意味で解説する僧侶たちがいたのではないかと思います。

 また、13世紀初頭に成立した『閑居友』という説話集には、ある女性が、自分に懸想(けそう)をした僧侶に対して、あえて化粧も身づくろいもしない姿をさらすことによって、僧侶を諭し、以後その僧侶は修行に励んだという話が採録されています。この物語は、最後に「まことに尊くおはしけるこころざしなりけり」、つまり「なんと尊い女性の心もちだろう」と結ばれています。

 この説話が、例えば、僧侶は女性の本質を見抜いて修行に励みました、で終わってしまうと、女性のほうは放っておかれたままになってしまう。中世の仏教では、女性を罪障の身として放っておくのではなく、女性の信仰をどう位置づけるかということが重要視されています。そこでこの説話では、最後の最後で、このような行いはきわめて尊いのであると価値づけることによって、女性には、自らを罪障の身としてとらえながらも、だからこそ他者を信仰へ導いていく存在であるという積極的な生の可能性が開かれていきます。

 それが中世後半になると、仏教の保護に尽力した光明皇后(701〜760)(注2) や、自らの死骸を晒(さら)したとされる檀林皇后ら、実際に存在した女性をの名をあげて、各時代の最高に高貴な女性の振る舞いをお手本とするような伝説に結びついていくのです。

 

――九相図は絵の世界だけでは完結せず、そこには女性教化という側面があるという点はとても衝撃的です。

 

山本  日本の女性たちにとっての九相図とは、他者の発心を促す究極行いとしての自己犠牲、我執の放棄、そういうことを死体という強烈なイメージを使って理解させるものであったと私は考えています。

 

――九相図というのは長い間描かれ続けてきたものなのでしょうか。

 

山本  現存作例の数という意味での九相図のボリュームゾーンは、実は江戸時代です。この時期には、絵巻や掛け軸形式の作例、また版本が大量に制作されています。歴史の流れをたどると、九相図は、ブームになる時期と忘れられる時期とが交互に現れるのですが、完全になくなってはしまわずに、連綿と描き続けられてきました。近世には、版本になることによって、上層階級だけではなく鑑賞者のすそ野が広がり、またさまざまな形式が登場し、九相図のパロディのようなものも描かれています。

 幕末生まれの明治の画家たちの多くも、九相図を描いているのですが、明治も半ばを過ぎると、死体を描く九相図は日本画の主題として相応しくないものとして描かれないようになっていきました。そうしたなかで、1977年に出版された『日本絵巻大成(7)』(中央公論社)のなかで、「九相図巻」がカラーで初めて掲載されたことは画期的です。これを機に美術史の世界でも研究が進展しました。

 こうして通観すると、九相図は、なくなっても、なくなっても、復活してくるモチーフであるようです。西洋における「メメント・モリ(死を想え)」に共通する図像である一方で、説話的要素がふんだんに付加されて発展したのが日本の九相図の特徴です。気持ち悪い、汚いという忌避感を超越して、興味本位や下品に陥らない、ギリギリのところで豊饒な物語を生み出す原動力であり続けました。死体という人間の生命の終着点から出発する思想、死を起点として何か創造できる、ものを考えることができる、それが九相図なのです。

 また、数多く描き継がれながらも、九相図の作例に同じ物は一つもなく、写され、反復されながら、微妙に意味が変化していきます。単なるコピーが再生産されていくのではなく、一つの型から少しズレたかたちで別の作品が作られていき、次の連鎖が生まれます。中世初頭に成立した「九相図巻」はとても完成度の高い作品ですが、その伝統は現代までつながっていて、宗教性と、世俗性、その両方にまたがって多様な意味を発信しつづけているように思います。

 

――現代の私たちが九相図を見ることに、どういう意義があると思われますか。

 

山本  生命に対する過剰な執着というものが、現代社会の大きなストレスになっている部分もあると思います。九相図は、人間の果てしない欲望について再考するきっかけを与えてくれます。

 宗教の枠組みが希薄となった現代では、生と死というとても切実でやっかいな問題に、個々人が向き合わざるを得ない。九相図は、我々が迷い込んでいる思考の迷宮を照らす、一条の光だと思うのです。

(文責:親鸞仏教センター)

 

前編はコチラ

(注2) 仏教へ篤(あつ)く帰依し、悲田院などを設置したとされる。

山本 聡美(やまもと さとみ)

共立女子大学文芸学部准教授。1970年、宮崎県生まれ。専門は美術史(日本中世美術史)、特に六道絵や九相図など死生観にかかわる絵画を研究。共著編に『九相図資料集成—死体の美術と文学』(岩田書院)、『国宝 六道絵』(中央公論美術出版)。

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Interview 第13回 山本聡美氏「死を想い、今を生きる——九相図による生死の往還——」前編

山本聡美

共立女子大学文芸学部教授

山本 聡美

(YAMAMOTO Satomi)

Introduction

 死体が腐乱して、白骨になって朽ち果てていくまでの九段階を細部までを克明に描写した「九相図(くそうず)」。死体を九段階に分けて観想することを特に九相観と呼ぶが、この際イメージの助けとして用いられた図像が九相図である。九相観とは、現実の死体を繰り返し凝視し、現在ある肉体が不浄であることへの理解を深め、己の淫欲を滅するための修行であり、九相図はその手引きとなる。

 今回は、六道絵や九相図など、人間の死生観にかかわる絵画を研究されてきた山本聡美氏に、九相図に込められたものをうかがい、その魅力に迫った。

(大澤 絢子)

 

【今回はインタビューの前編を掲載、後編はコチラから】

――中世日本の九相図には、掛幅形式のものと、絵巻形式のものとがあるとのことですが、両者の違いが意味しているものはあるのでしょうか。

 

山本  九相図を、修行の道具として考えたときにとても大きいと考えています。そもそも、本尊画や掛幅縁起など、掛幅形式の仏教絵画には、儀礼空間や修業、あるいは絵解き説法など、仏事との深いつながりがあります。一方で、絵巻は「源氏物語絵巻」に代表されるように、物語性を伴ったメディアとして、世俗的な要請に応えながら発展しました。日本の九相図は、掛幅と絵巻と半々ぐらいの現存作例があることは重要で、聖俗を架橋する役割を担う絵画であったことが浮かび上がってきます。中でも、九州国立博物館に所蔵されている鎌倉時代の作品(「九相図巻」32.0×495.1cm)は、絵巻形式でありながら背景が描かれておらず、物語性や文学的要素が希薄です。私は、この絵巻を、修行のための図像として制作されたものだろうと考えていますが、絵巻形式というのは仏教的な修行の道具としてはそぐわないのではないか、という意見も根強くあります。つまりこの「九相図巻」は、聖俗の両面からの両義的な解釈が成り立つ、とても不思議な存在なのです。

 一方で、室町時代以降に制作される、絵巻形式の九相図には、和歌や漢詩、説話文学の要素を大きく取り込んだ、豊穣(ほうじょう)なイメージが描き込まれています。したがって、中世後半から近世にかけて制作された、数多くの九相図は、ダイレクトに修行に使用されるというよりは、九相図という文化をベースにした無常観や不浄観、あるいは小野小町(825~900)や檀林皇后(786〜850)(注1) などの物語を伝えるメディアとして展開していったのではないかと思っています。

 

――九相図は、僧侶が修行するためのものだけではなく、貴族の文芸活動とも深く関わるのでしょうか。

 

山本  中世においては、宗教と文学とは、現代ほど分断されていなかったと考えられます。九相図を所有し、鑑賞できたのは、出自の高い僧侶であったとも考えられるし、在家の貴族であったとも考えられます。

 描かれる内容を理解するためには、経典や仏教の理解が必要になるわけで、僧侶とのかかわりは欠かせません。いっぽうで、僧侶の活動を経済面で支える貴族、イメージを具現化する絵師の協働があってはじめて、九相図の制作が可能となります。

 宗教的な営みが世俗の権力と渾然(こんぜん)一体となって存在している。そうした状況から生み落とされたのが中世の九相図なのです。単なる写経であれば、僧侶の世界で完結してしまうかもしれませんが、それに装飾をつけるとか、絵を描き入れるということには世俗の人々がかかわってきますし、聖と俗とのかかわり合いのなかで九相図は描かれました。

 

――九相図は、経典を根拠にして絵画化しているとのことですが、経典には、九相図に描かれる死体が女性でなければならないとは書かれていないようですね。

 

山本  そうなのです。それなのになぜ、描かれる死体が女性のイメージで固定していくのかということを考えていくと、そこで初めて文学的な要素が入ってくるのではないかと思います。

 単純に考えると、男性出家者である僧侶、それをバックアップする男性貴族、あるいは武家などの男性権力者、彼らが現世における煩悩を滅却するために女性の死体でなくてはならなかったという理由が考えられます。ただし、中世の仏教説話を読んでいくと、必ずしも女性の死体のイメージというものが、男性に対してだけメッセージを発信しているわけではないことがわかります。説話のなかでは、女性に対しても、罪障の身である自分自身の存在の危うさを自覚し、その上で発心することで、他者をも導くこともできるという女性教化の側面が語られています。

 また、より現実的な問題として、日本中世仏教において、女性の信仰を集めること、あるいは高位の女性からの経済的支援を獲得していくというのは、教団や寺院にとって不可欠な戦略でありました。女性たちに訴えかけるダイナミックなイメージとして、九相図が用いられたと考えることができます。

(文責:親鸞仏教センター)

後編へ続く

(注1) 美貌の持ち主で、恋慕する人々が後を絶たなかったとされる。皇后は、この世は無常であるということを自らの身をもって示そうと、自分の亡骸(なきがら)は埋葬せず、辻に打ち棄てよと遺言したとの伝承が残る。

山本 聡美(やまもと さとみ)

共立女子大学文芸学部准教授。1970年、宮崎県生まれ。専門は美術史(日本中世美術史)、特に六道絵や九相図など死生観にかかわる絵画を研究。共著編に『九相図資料集成—死体の美術と文学』(岩田書院)、『国宝 六道絵』(中央公論美術出版)。

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『アンジャリ』第32号

山本聡美 掲載Contents

『アンジャリ』第32号

(2016年12月)

■ Contents

山本 聡美 「意志伝達のための思想」

保阪 正康 「老いて見えてくる「いのち」」

清家 雪子 「報国」

サガエさん 「子どもの立場に立つ―今、伝えたいこと―」

小田嶋 隆 「表現の自殺」

四方田犬彦 「赦すということ」

中島 義道 「不在としての「私」」

■ 連載
■ 巻末コラム

青柳 英司 「法話と拍手と「広大会」」

※一部のコンテンツは無料でPDF版をご覧いただけます(タイトルをCLICK)

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