親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/30)

今、改めてメディアを問う
―その過去・現在・未来、そして仏教―

親鸞仏教センター嘱託研究員

伊藤 真

(ITO Makoto)

親鸞仏教センター研究員

宮部 峻

(MIYABE Takashi)

 親鸞仏教センターでは、2001年の設立以来、雑誌『añjali』を毎年2回(6月と12月)発行してきました。

 しかし2020年、コロナ・ウイルスの感染拡大による印刷、発送作業、配送などの困難のために、予定通り発行できない苦境に陥りました。そこで私たちは新たに『añjali WEB版』を発足させ、従来の「紙版」はデザインや構成をリニューアルして年1回発行としました。

 こうして紙版(12月発行)は41号(2021年)、42号(2022年)を、WEB版(毎年5月定期更新および随時更新)は特別企画を含めて4号をお届けしてきましたが、私たちの前に改めて問いが浮かんできました――特性の異なる「メディア」を使った紙版とWEB版は何がどう違うのか、違うべきなのか? この点いまだ試行錯誤している私たちは、今回の『añjali WEB版』「今、改めてメディアを問う」を企画し、さまざまな形で「メディア」に関わりながら活躍されている方々に寄稿していただきました。当センター職員も執筆陣に加わった本企画は2週連続更新です。

 

第2週:メディアと仏教--はじめは師から弟子へと口伝された仏陀の教えも、やがて文字(写本・刊本)や図像の形で流布した。そして今、インターネット、スマホ、SNSの時代に、仏教とメディアの関係はどう変わっていくのか? 仏教とメディアを考える。

(いとう まこと 親鸞仏教センター嘱託研究員)

(みやべ たかし 親鸞仏教センター研究員)

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今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/30)
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大根・仏教・メディア
大根・仏教・メディア 『フリースタイルな僧侶たち』編集長 稲田 ズイキ (INADA...
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「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて
「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて 浄土真宗本願寺派僧侶 仏教伝道協会出版事業部課長...
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メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮―
メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮― 大阪大学特任講師 ブレニナ・ユリア...
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隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって
隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって 親鸞仏教センター嘱託研究員 花園大学国際禅学研究所専任講師...
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隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって 親鸞仏教センター嘱託研究員 花園大学国際禅学研究所専任講師...
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メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮― 大阪大学特任講師 ブレニナ・ユリア (BURENINA...
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「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて 浄土真宗本願寺派僧侶 仏教伝道協会出版事業部課長...
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大根・仏教・メディア
大根・仏教・メディア 『フリースタイルな僧侶たち』編集長 稲田 ズイキ (INADA Zuiki) 「稲田さんは僧侶として情報発信をされてますが」...
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今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/30)
今、改めてメディアを問う ―その過去・現在・未来、そして仏教― 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤 真...
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『アンジャリ』WEB版(2023年1月30日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2023年1月30日更新号) 目次 No posts found
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『アンジャリ』WEB版(2023年1月23日更新号)
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『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号) 目次 「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること...
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『アンジャリ』WEB版(2022年2月1日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2022年2月1日更新号) 目次 〈いのち〉という語りを問い直す 特集趣旨 〈いのち〉という語りを問い直す...
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『アンジャリ』WEB版(2021年5月15日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2021年5月15日更新号) 目次 亀裂のなかで生きること 亀裂のなかで生きること...
投稿者:shinran-bc 投稿日時:

今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/23)

今、改めてメディアを問う
―その過去・現在・未来、そして仏教―

親鸞仏教センター嘱託研究員

伊藤 真

(ITO Makoto)

親鸞仏教センター研究員

宮部 峻

(MIYABE Takashi)

 親鸞仏教センターでは、2001年の設立以来、雑誌『añjali』を毎年2回(6月と12月)発行してきました。

 しかし2020年、コロナ・ウイルスの感染拡大による印刷、発送作業、配送などの困難のために、予定通り発行できない苦境に陥りました。そこで私たちは新たに『añjali WEB版』を発足させ、従来の「紙版」はデザインや構成をリニューアルして年1回発行としました。

 こうして紙版(12月発行)は41号(2021年)、42号(2022年)を、WEB版(毎年5月定期更新および随時更新)は特別企画を含めて4号をお届けしてきましたが、私たちの前に改めて問いが浮かんできました――特性の異なる「メディア」を使った紙版とWEB版は何がどう違うのか、違うべきなのか? この点いまだ試行錯誤している私たちは、今回の『añjali WEB版』「今、改めてメディアを問う」を企画し、さまざまな形で「メディア」に関わりながら活躍されている方々に寄稿していただきました。当センター職員も執筆陣に加わった本企画は2週連続更新です。

 

第1週:メディアの過去・現在・未来--メディアとは何か? どのようなメディアがこれまで何を伝えてきて、これから私たちはどのメディアをどう活用していくのか? メディア論、メディア史の視点から考える。

(いとう まこと 親鸞仏教センター嘱託研究員)

(みやべ たかし 親鸞仏教センター研究員)

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掌(たなごころ)につつむのは 親鸞仏教センター嘱託研究員 田村 晃徳 (TAMURA...
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「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて 浄土真宗本願寺派僧侶 仏教伝道協会出版事業部課長...
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今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/23)
今、改めてメディアを問う ―その過去・現在・未来、そして仏教― 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤 真 (ITO Makoto) 親鸞仏教センター研究員 宮部 峻 (MIYABE Takashi)  親鸞仏教センターでは、2001年の設立以来、雑誌『añjali』を毎年2回(6月と12月)発行してきました。...
表紙
哲学の言葉を編み、書くということ
哲学の言葉を編み、書くということ 編集者・文筆家 田中 さをり (TANAKA Sawori)  私は大学で広報の仕事に従事している。その合間に哲学に関わる編集と執筆の仕事も続けている。メディアで何か発信する仕事を始めたばかりの方に向けて、何か益になることをお伝えできればと常々思うのだが、なにぶん、仕事Aから仕事Bの経費を捻出しながら自転車操業でここまで来た。ノウハウというものがない。ひとまず、メディアのあり方について模索する契機となった、あの日の話から始めたい。...
表紙
明治初期の錦絵新聞とフェイクニュース
明治初期の錦絵新聞とフェイクニュース 早稲田大学政治経済学術院教授 土屋 礼子 (TSUCHIYA Reiko)  近頃よく耳にする「フェイクニュース」は、ネット社会の新たな問題として取り沙汰されているが、メディアの歴史を振り返れば、それらは虚偽報道とか虚報とか呼ばれてきた類いのもので、ことさらに新しい現象ではない。たとえば、私が研究してきた明治初期の錦絵新聞というメディアには、虚報の興味深い例がいくつもある。...
田村晃徳顔写真
掌(たなごころ)につつむのは
掌(たなごころ)につつむのは 親鸞仏教センター嘱託研究員 田村 晃徳 (TAMURA Akinori)  合掌する姿は美しい。これが住職としての私の実感です。  仏さまに向かい、お念仏を称え、手を合わせる。お寺ではよく見るありふれた光景ですが、最も静謐(せいひつ)な時間でもあります。正座をして、じっと目を閉じ、そして合掌する。私はその姿を見ながら思うのです。あの方は、今、手を合わせながら、何を思うのだろうかと。...

『アンジャリ』WEB版1月更新分は、「今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教」のテーマのもと、23日と30日の2週連続で更新いたします。23日更新分は「メディア論」や「メディア史」を視点として、30日更新分は「仏教とメディア」を視点として、様々な角度から「メディア」を問いなおしていきます。どうぞ、30日更新分もご期待ください。

今との出会い第235回「太った白人の家族――ネブワース2022旅行記」

宮部峻

親鸞仏教センター研究員

宮部 峻

(MIYABE Takashi)

 今年の6月、常勤研究員として着任して早々、有給休暇をいただき、5年ぶりにイギリスを訪れることができた。目的は私が尊敬してやまない人物の一人である唯一無二のロックンロール・スター、リアム・ギャラガーのネブワース公演を観に行くことであった。


 原油高、空前絶後の円安、そしてウクライナ情勢の問題もあり、旅行費はずいぶんと高くついた。その事実だけで私のなかにある政治不信、反戦感情はますます高まってくるわけであったが、ともかく、リアム・ギャラガーの歴史に名を残すこととなったネブワース公演を観ることができたわけである。魅了されて以来、これまでリアムとノエルのどちらかが来日すればほぼすべてを観に行った私であるが、なかでも特別なコンサートの一つとなった。


 メディアの報道で見聞きしていたが、イギリスに訪れると、ちらほらマスクをしている人もいたものの、コロナ前とほとんど変わらない日常が広がっていた。コンサート会場に移動するバスでもマスクはおろか、朝からギネスを大量に飲み、歌い、騒いでいた。私も隣の知らない客にギネスを渡された。これぞイギリス流のおもてなし。


 さて、二日間で16万5千人を動員したコンサートでは、両日ともにそれぞれ前座が4組ずつ出た。私が観に行った二日目には、Fat White Familyが出演していた。セールス的にいえば、それほど売れているバンドではないが、ダニー・ボイルが監督を務めた『T2 トレインスポッティング』にも曲が使用されるなど、注目を集めているバンドである。実は2019年3月に初来日公演が行われる予定で、私もコロナ前にチケットを取っていたものの、残念ながらパンデミックで中止になっていたのである。そんなこともあり、ネブワースで彼らのパフォーマンスが観られることを楽しみにしていた。


 いざ登場すると、音源で聴いていた以上にシュールである。上半身裸で肌色のパンツを履いて、客席に飛び込むボーカルのパフォーマンスは、江頭2:50を想い起こさせる。マイクの前に仁王立ちするリアム・ギャラガーとは対極の存在かもしれない。


 渡英前、てっきり私はFat White Familyは、イギリスでは人気なんだろうと思っていた。しかし、どうも大いなる誤解であったらしい。客席に飛び込んだ途端、ボーカルにはビールやら靴やら何やらいろんなものが投げつけられていた。最初は、「さすがフーリガンの国だ。歓迎の仕方が違うなあ」などと呑気に感心していたのだが、周りの反応をみると何やら苛立っている様子であった。私の前にいた高校生らしき集団は、耳を塞いで、「うるせえ」と言っていた。演奏が終わると、客の中には中指を突き立てる人もおり、私の後ろからは「Get Off!!(失せろ)」との声が聞こえた。後日、ネットで調べてみると、「最低のパフォーマンスだった」と書かれていた。舞台袖で嬉しそうに眺めていたリアムの息子、ジーンとレノンの反応とは対照的である。何が起きているんだ。


 どうやらイギリス社会の根深い問題を現しているようである。Fat White Familyのメンバーには、移民の流れがあるらしい。対して、リアムのライブを観に来るファンの多くは、白人労働者階級である。第67回「現代と親鸞の研究会」で江原由美子先生がオーウェン・ジョーンズの『チャヴ』を紹介しながらおっしゃっていたように、一部の白人労働者階級は、移民に対する怒りを抱いている。なるほど、こういうことかと身をもってわかった。よく考えてみれば、バンド名からして「太った白人の家族」である。挑発的だ。ロックンロールは人々の怒りを表現することがしばしばあるが、現代イギリスにおける歪み、そこから生まれる苛立ちがバンドと観客のパフォーマンスとして表現されていたわけである。


 ちょうどそのときは、ジュビリーであった。かつてテムズ川で女王陛下に対して「ノー・フューチャー」とからかいを見せたセックス・ピストルズを支持したロックンロールのファンは、今、ジュビリーの只中で、移民のバンドに対して中指を突き立てる。このことは何を意味するのだろうか。そんなことをネブワースの芝生に寝転びながら考え、リアムの登場を待ったのであった。

(2023年1月1日)

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今との出会い第233回「8月半ば、韓国・ソウルを訪れて」 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤  真 (ITO Makoto)  8月のお盆休み中、学会発表のために韓国・ソウルを訪れた。海外へ渡航するのも、「リモート」でなく「対面」で学術大会に参加するのも、コロナ禍以来初めてだから実に3年ぶり。ビザの申請に韓国領事館前で炎天下に3時間並び、渡航前・ソウル到着時・帰国前と1週間で3度の規定のPCR検査に緊張し、日韓双方のアプリの登録や電子証明取得など、渡航は苦労の連続だったが、それだけの甲斐はあったと思う。今回は韓国で体験したさまざまな「出会い」について書いてみたい。...

著者別アーカイブ

投稿者:shinran-bc 投稿日時:

「親鸞仏教センター通信」第83号

宮部峻 掲載Contents

巻頭言

谷釜 智洋 「「同時代」を生きる

■ 連続講座「親鸞思想の解明」

講師 本多 弘之 「「胎生という問題」」

報告 越部 良一

■ 「宗教と社会理論」研究員報告

宮部  峻 「研究会立ち上げにあたって」

■ 清沢満之研究会報告

講師 中西 直樹 「「近代仏教」再生の可能性と限界――新仏教と俗人登用の試みと挫折」

報告 谷釜 智洋

■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会

講師 原田 信男 「肉食の始原と否定・肯定の理論」

報告 中村 玲太

コラム・エッセイ
講座・イベント
刊行物のご案内

研究会・Interview

『アンジャリ』第42号

『アンジャリ』第42号

(2022年12月)

■ 特集「「境界」が現れるとき」

奥野 克巳 「境界なき世界の往還と他力――浄土思想からアニミズムを読み解く――」

吉水 岳彦 「慈愛の境界」

栗田 哲男 「「チベット」という語に潜む固定観念」

■ 連載
■ Eassais(エッセイズ)

眞野 明美 「ウィシュマさんが生きていけた社会」

竹村 瑞穂 「スポーツの意味と美しさについて」

横山百合子 「「日記」を書く遊女たち」

■ 交差点

宮部 峻

研究員の紹介

MIYABE Takashi
(研究員)

プロフィール

専門領域
歴史社会学・宗教社会学、同朋会運動の展開と近代化の関係性について
略歴
1991年大阪府生まれ。
東京大学文学部卒業。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。
元親鸞仏教センター 嘱託研究員。
現在、親鸞仏教センター研究員、社会理論・動態研究所 所員、井上円了哲学センター 客員研究員。
所属学会
日本宗教学会、「宗教と社会」学会、戦争社会学研究会、関東社会学会、社会学理論学会
研究業績

researchmapを参照。

当センター刊行物への執筆

『アンジャリ』第42号
「親鸞仏教センター通信」第83号
「親鸞仏教センター通信」第81号
「親鸞仏教センター通信」第76号
「親鸞仏教センター通信」第74号

WEBコンテンツの執筆

今との出会い第235回「太った白人の家族――ネブワース2022旅行記」
今との出会い 第224回「「こちら側」と「あちら側」――浅い理解と深い共感」
今との出会い 第213回「クソどうでもいい時代に対抗するために」
今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/30)
『アンジャリ』WEB版(2023年1月23日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号)
コラム・エッセイ
講座・イベント
刊行物のご案内

研究会・Interview

「親鸞仏教センター通信」第81号

宮部峻 掲載Contents

巻頭言

本多 弘之 「新型コロナウィルスに想う」

■ 第67回現代と親鸞の研究会報告

講師 江原由美子 「現代社会とフェミニズム」

報告 宮部  峻

■ 研究員と学ぶ公開講座2021報告

藤村  潔 「『大乗涅槃経』を読む」

東  真行 「「正信念仏偈」を読む」

谷釜 智洋 「『精神界』を読む」

■ 第3回現代と親鸞公開シンポジウム報告

長谷川琢哉 「人間的行為の葛藤と〈いのち〉の言説」

中  真生 「いのちとその産み育ての結びつきと分離―「母性」、出生前診断、「赤ちゃんポスト」などを手がかりに―」

森川 輝一 「〈いのち〉と政治のパラドックス」

加藤 秀一 (コメンテーター) 中村 玲太 (開催趣旨)

■ リレーコラム「近現代の真宗をめぐる人々」

宮部 峻 「森岡清美(1923〜2022)」

コラム・エッセイ
講座・イベント
刊行物のご案内

研究会・Interview
投稿者:shinran-bc 投稿日時:

流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神

宮部峻

親鸞仏教センター研究員

宮部 峻

(MIYABE Takashi)

 気づけば、新型コロナウイルス感染拡大から2年が過ぎてしまった。「自粛」が始まった当初には「非常」として感じられた現象は、すっかり日常生活を侵食してしまった。自粛生活がルーティン化したからといって、事態がよくなったわけではない。街を少し歩いてみても、閉店してしまった馴染みの店が目につく。新型コロナウイルスの感染は、人類にほぼ等しく降りかかるリスクでありながら、その痛みは偏在する。

 研究者見習いである私のような人間は、この危機に対して、多少の不満を内に抱えながらも、ただ言われるがまま、行動を自粛し、ワクチンを接種する。それが果たして、本当に最も適切な政策であるのかはわからないままである。サボりながらもそれなりの時間を研究に費やしてきたつもりであるが、コロナ禍でわかったのは、人間の知識の限界である。私のような人間は、知識の限界の只中で、事態が好転するのを待つしかない。偏在する痛みへの関心・想像力が要求されるのが、今のコロナ禍であると信じながら。
 しかし、マス・メディアやSNSから入ってくる情報を眺めてみると、声高に現在の政策に対する批判がなされている。素人が見ても、到底、専門家とは言えない人間が、果たして本当に妥当なのかも疑わしい数値を提示しながら、盛んに現在の自粛生活を批判している。もちろん、民主主義の原理に照らしてみて、専門家ではないからといって、批判の声を上げるべきではないという論は成り立たない。しかし、「論破」という言葉が好まれるように、批判者の多くは、相手の言い分を聞かず、徹底的に攻めていく。もはや、対話の余地はない。そこに生まれるのは、断裂だけである。同じ現象が昨今のウクライナ情勢をめぐる議論にも見られる。戦後日本のタブーの一つともされていた核武装や再軍備の議論は、もはやタブーではなく、雄弁に語って当たり前のものとされつつある。時代の流れは、急速に変わりつつあるようだ。このように時代の流れが転換するときを「危機」というのであろう。

 そんなことを私が考えるきっかけになった一つは、若松英輔氏と山本芳久氏の対談が収められている『危機の神学——「無関心というパンデミック」を超えて』(文藝春秋、2021年)であった。

無関心というのは、他の人への配慮が足りないだけではなく、自分自身がいわば世界を喪失している状態です。実に多様な喜びにも苦しみにも満ちたこの世界の豊かなあり方に対して心が閉ざされてしまっていること。それは、無関心なあり方をしている人自身にとっての危機でもあるわけで、それを克服するための、揺り動かされているという決定的な画期に私たちは直面しているのだと、教皇はコロナに直面して繰り返し説いているんですね。

(同書、228-229頁)

 教皇フランシスコの神学を手がかりに、現在の危機を無関心という言葉で表している。自粛生活に対する批判でも、ウクライナ情勢をめぐる議論でも、相手の主張が間違っていることを徹底的に攻撃するばかりで、相手への配慮に欠けているように思える。現代社会に蔓延るのが、無関心であり、現在の危機は、無関心をいかに克服するかなのである。

 相手を攻撃する行動規準について、上記の対談でも言及されている以下の河合隼雄氏の言葉が示唆的である。明恵の史的意義を評価するなかで、河合氏は次のようにイデオロギーの魅力と人間の浅はかさを端的に述べている。

「これが正しい」ということは、「これ以外は誤り」ということになりがちであり、そこに極めて明白な主張が可能となり、多くの人をひきつけることになる。イデオロギーは善悪、正邪を判断する明確な規準を与える。……しかし考えてみると、人間存在、あるいは世界という存在は、もともと矛盾に満ちたものではなかろうか。もっとも、矛盾などと言っているのは人間の浅はかな判断によるものであり、存在そのものは善悪とか正邪とかを超えているのではなかろうか。

(河合隼雄、『河合隼雄著作集9 仏教と夢』岩波書店、1994年、71頁)

イデオロギーは、行動規準を示してくれているかのようであり、不安に苛まれる人々にとって、清涼剤となるであろう。しかし、イデオロギーが行き交う世界に広がるのは、ホッブズの『リヴァイアサン』で描かれたような利己的な人間同士の闘争である。善悪を明確にし、相手を攻撃する世界に、協調というものは存在しない。イデオロギーという悪魔的な魅力を乗り越えつつ、他者への関心、配慮はいかに形成されるのであろうか。少なくとも時代の流れに抗することが必要であろう。

 その手がかりを教えてくれるのは、森岡清美氏の『真宗大谷派の革新運動——白川党・井上豊忠のライフヒストリー』(吉川弘文館、2016年)である。時代が揺れる明治に、大谷派の宗門革新運動を展開させようと試みた白川党は、決して清沢満之の指導力によってのみ動いていたのではないと森岡氏はいう。そこにあったのは、熟議の精神であった。

白川党の面々、とくに清沢・稲葉・今川・井上は、そのうち二人で、あるいは三人でということもあったが、四人全部で、明治二九年の蹶起以前から、絶えず往き来して談合していた。それも頻繁かつ長時間にわたった。……異論があれば、会を重ねてでも徹底的に話合い、全員合意し賛成したうえで決するのが彼らの流儀であった。それは異論を潰すのではなく、異論を包んで乗りこえる作業であった。(同書、464頁)

 相手を配慮する熟議の場では、人を攻撃しかねない言葉を使わないように配慮する。熟議の場は、相手への配慮が要求される協調的な共同体なのである。清沢の精神が今日にも語り継がれているのは、ただ彼の功績のみではなく、異論を包み込んだ熟議の精神によるのである。

 人は、危機にあるとき、弱いがゆえに、雄弁に行動規準を語る強い思想にすがろうとする。おそらく、熟議とは、一人の人間では行動が性急にならざるを得ない状態を回避する営みなのであろう。私は弱い。だからこそ、時代の流れを決定づけるかのように見える強き思想にすがろうとする。しかし、そんなときこそ、弱き者のために、ますます加速化する時代の流れに抗して、熟議という営みによって、流れを緩めていくことが必要なのであろう。流れを緩めたとき、他者や世界への配慮が生まれ、あるべき自己へとたどりつくことができるはずだ。

(みやべ たかし・親鸞仏教センター研究員)

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菊池弘宣顔写真
根源的な虚無とどう向き合うか
根源的な虚無とどう向き合うか 親鸞仏教センター嘱託研究員 菊池 弘宣 (KIKUCHI...
宮部峻顔写真
流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神
流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神 親鸞仏教センター研究員 宮部 峻...
谷釜智洋顔写真
どうしようもなさを共に
どうしようもなさを共に 親鸞仏教センター研究員 谷釜 智洋 (TANIGAMA Chihiro)...
飯島孝良顔写真
隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって
隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって 親鸞仏教センター嘱託研究員 花園大学国際禅学研究所専任講師...
表紙 2
メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮―
メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮― 大阪大学特任講師 ブレニナ・ユリア (BURENINA...
表紙 2
「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて
「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて 浄土真宗本願寺派僧侶 仏教伝道協会出版事業部課長...
表紙 2
大根・仏教・メディア
大根・仏教・メディア 『フリースタイルな僧侶たち』編集長 稲田 ズイキ (INADA Zuiki) 「稲田さんは僧侶として情報発信をされてますが」...
表紙 2
今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/30)
今、改めてメディアを問う ―その過去・現在・未来、そして仏教― 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤 真...
表紙 2
『アンジャリ』WEB版(2023年1月30日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2023年1月30日更新号) 目次 No posts found
表紙
『アンジャリ』WEB版(2023年1月23日更新号)
(2023年1月23日更新号) 今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/23)...
アンジャリWeb20220515
『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号) 目次 「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること...
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『アンジャリ』WEB版(2022年2月1日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2022年2月1日更新号) 目次 〈いのち〉という語りを問い直す 特集趣旨 〈いのち〉という語りを問い直す...
anjyari_w_02
『アンジャリ』WEB版(2021年5月15日更新号)
『アンジャリ』WEB版(2021年5月15日更新号) 目次 亀裂のなかで生きること 亀裂のなかで生きること...

『アンジャリ』WEB版(2022年5月15日更新号)

アンジャリWeb20220515
「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること
「として」の覚悟――大乗仏教を信仰すること 浄土宗総合研究所研究員 石田 一裕 (ISHIDA Kazuhiro)  経典は読誦の対象であり、読解の対象でもある点で、読み物である。  読誦のときの経典は譜面だ。手に取った経本に記される経文を目で追いながら、声を出して一文字一文字を読み上げていく。その声は仏への祈りであり、儀礼を成り立たせる大切な要素となる。読誦は仏への真心によって成立する一つの行である。...
アンジャリWeb20220515
「読み書きのできない者たちの中国古代史」
「読み書きのできない者たちの中国古代史」 早稲田大学文学学術院教授 柿沼 陽平 (KAKINUMA Youhei)  親鸞は、読み書きのできない大衆(以下、無文字階層)をまえにして、仏法を説いたといわれている。たとえば『歎異抄』をみると、いたずらに学問に拘泥するよりも、むしろ「一文不通のともがら」が無心に念仏をとなえる姿をほめたたえている。また親鸞は晩年に「いなかのひとびとの、文字のこころもしらず、あさましき、愚痴きわまりなきゆえに、やすくこころえさせんとて、おなじことを、とりかえしとりかえしかきつけたり」とのべ、『一念多念文意』を著わしている。こうした親鸞の教えが13世紀頃から徐々に日本に広まってゆく背景には、無文字階層の民の存在があった。おりしも鎌倉幕府が成立し、関西方面では寺社仏閣・貴族が、関東方面では武士が中心となってしのぎを削るなか、親鸞のまなざしは無文字階層の民に注がれていたのである。...
アンジャリWeb20220515
親鸞さんのわすれもの
親鸞さんのわすれもの 脚本家 今井 雅子 (IMAI Masako)  「脚本家の仕事を動詞ひとつで言い表すと?」  講演のつかみに、この質問を投げかけている。真っ先に挙がる答えは「書く」だが、書くことと同じくらい「話す」ことに時間と労力を割く商売である。三時間の打ち合わせで話し合ったことを踏まえ、三時間かけて原稿を書くといった具合だ。話すことと対になる「聞く」も欠かせない。物語のモデルになる人物や職業について取材したり、世の中の声を拾ったり。執筆には「調べる」が欠かせない。膨大な資料を「集める」のも「読む」のも取材であり、読んで字のごとく「取って来た材料」を使い勝手のいいように整理したり並べ替えたり「まとめる」までが、料理で言うところの下準備。それを「組み立てる」のが調理で、「ひらめく」のは味つけといったところか。作業には終始「考える」が伴い、何度も「直す」「磨く」を経て脱稿、納品となる。...
アンジャリWeb20220515
You know me〜月並みに口説くな〜
You know me〜月並みに口説くな〜 アーティスト なみちえ (Namichie)  深く沈み込んでゆく。何重にも天幕が覆い被さる。この眠りは本当に永遠に続くのだろうかとゆっくり考えている…。考え続けている……。だが永遠はすぐに終わった。ヒュッと何か巻き戻したかのような感覚で時空間は歪み、その勢いで自分が自分を起こした。「ッゴホホッ」と喉の奥から大きな音を立て、むせ返り床と一体になっていた体が分離した。はっとなり起き上がり、その新鮮な体は周りを見渡す。目の前の丸いテーブルには奇妙な形をした、歪な湯呑みが置いてある。...
中村玲太顔写真
いびつさの居場所
いびつさの居場所 親鸞仏教センター嘱託研究員 中村 玲太 (NAKAMURA Ryota)  そうでしたねー、と透明な相づちを打つ。自分の気持ちが透明なのだから仕方ない。今年1月に祖母を亡くした。ある時期、両親よりも長い時間を祖母と過ごしていた。ただ、親族や地元の知り合いが祖母を語る輪には入れなかった。18歳で地元を離れ、川崎で10年を過ごした。魂の故郷は川崎だと思っている。と余分な思いを挟みつつ、故郷とは割り切れないものだなと思う。好きでもあるし嫌いでもある、自分のルーツだと言いたくもあるし言いたくもない。そんな何とも言い難く、それでいて「魂の」などと形容をつける必要もなく、必然的にそこにずっと在る故郷の、故郷を象徴するような祖母の葬儀に参列していた。...
伊藤真顔写真
釈尊×地蔵菩薩——忉利天宮の対話劇
釈尊×地蔵菩薩——忉利天宮の対話劇 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤  真 (ITO Makoto) ■対話なき今  オリンピックと同じく「平和の祭典」であるパラリンピックがまさに開催されていた2月末、ロシアがウクライナへ軍を進めた。開会式では国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長が「私は平和のメッセージから始めたい……始めねばならない」と切り出した演説が話題になった。オリンピック・パラリンピック開催期間中の休戦を求める国連決議(ロシアと中国も共同提案国に含まれている)にも言及しながら、「21世紀は戦争と憎悪ではなく、対話と外交の時代」だとし、包摂的で、差別と憎悪と無知と紛争から自由な、そんな世界を希求すると述べた。異例とも言える直截的な平和の訴えだが、演説のこの部分などが(おそらくは政治的配慮から)中国国営テレビの生放送では中国語に翻訳されなかったことが報じられた。...
菊池弘宣顔写真
根源的な虚無とどう向き合うか
根源的な虚無とどう向き合うか 親鸞仏教センター嘱託研究員 菊池 弘宣 (KIKUCHI Hironobu)  新型コロナウイルスの問題に直面して、二年という年月を経てきた。私自身、コロナ以前のことを振り返るのがつらくなっている。もはや、以前のようには戻れないと感じるようになったからである。失われてきたものの大きさに、ようやく気づかされることになってきたからである。...
宮部峻顔写真
流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神
流れに抗うこと——危機の時代における熟議の精神 親鸞仏教センター研究員 宮部 峻 (MIYABE Takashi)  気づけば、新型コロナウイルス感染拡大から2年が過ぎてしまった。「自粛」が始まった当初には「非常」として感じられた現象は、すっかり日常生活を侵食してしまった。自粛生活がルーティン化したからといって、事態がよくなったわけではない。街を少し歩いてみても、閉店してしまった馴染みの店が目につく。新型コロナウイルスの感染は、人類にほぼ等しく降りかかるリスクでありながら、その痛みは偏在する。...
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どうしようもなさを共に
どうしようもなさを共に 親鸞仏教センター研究員 谷釜 智洋 (TANIGAMA Chihiro) お元気ですかいかがお過ごしでしょうか?こっちはさして問題もなくみんな元気でやってマウス暑いと言えば暑いのかさむいと言えばさむいような一言じゃとても言えないけどとても快適なんだよ (「彼方からの手紙」『WILD...