親鸞仏教センター

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The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

明治初期の錦絵新聞とフェイクニュース

土屋礼子

早稲田大学政治経済学術院教授

土屋 礼子

(TSUCHIYA Reiko)

 近頃よく耳にする「フェイクニュース」は、ネット社会の新たな問題として取り沙汰されているが、メディアの歴史を振り返れば、それらは虚偽報道とか虚報とか呼ばれてきた類いのもので、ことさらに新しい現象ではない。たとえば、私が研究してきた明治初期の錦絵新聞というメディアには、虚報の興味深い例がいくつもある。

 錦絵新聞とは、浮世絵と一般に呼ばれている多色刷り版画の一種である。新しい明治の時代を迎え、場所や時、人名を明示して時事的報道が認められるようになって新聞雑誌が発行され始めた明治7年に、江戸時代に培われた高度な木版画技術と職人組織を生かして制作された視覚的媒体である。基本的に一つの事件を一枚の絵にして、その余白に説明の文章が添えられている刷り物で、明治5年創刊の日刊紙『東京日日新聞』の発行メンバーでもあった絵師・落合芳幾が描いた錦絵版の『東京日々新聞』シリーズがその最初である。このシリーズでは、活版印刷の新聞に掲載された記事を元にリライトして錦絵新聞が作成された。ただし、本紙の記事と違い、文章には振り仮名が施され、あるいは読んで調子のよいように文章が練られ、非知識人でも読めるように、あるいは読んで聞かせて貰って楽しめるように工夫されていた。つまり錦絵新聞のねらいは、新聞の難しい文章が読めない人々にも新聞という新しいメディアの面白さを知らせることにあった。

 その人気は飛び火し、明治8年には大阪でも盛んにさまざまな錦絵新聞が出版された。その中でも最も多く号を重ねたのが『錦画百事新聞』と題するシリーズで、その44号には次のような事件が語られている。子供3,4人が集まって八百屋お七の芝居をまねて、一人を木にくくりつけて焚き火をしたところ、火が燃え広がり、その子供は死んでしまった。残りの子供達はその罪を償うべく、ふるさとを後にして巡礼に出たという。紙面に描かれた水色を基調とした美しい絵では、髪を剃った坊主頭の子供3人がお遍路の姿で、袖で涙を拭っている。ところが、これを描いた当時大阪を代表する絵師・二代目長谷川貞信の回想記によれば、この錦絵新聞はよく売れたが、全くの虚報であったという。

 また、同じ『錦画百事新聞』11号には、近年米国で体に帆を掛け海上を走ることを発明したホイトンという人が、フランスまで数百里の波濤を渡ったという話がまことしやかな絵で描かれている。どう考えても眉唾ものであるが、この話は東京で発行されていた『平仮名絵入新聞』27号(明治8年6月10日付)に、やはり絵入で掲載されている記事を下敷きにしており、おそらく米国の新聞雑誌の記事が元だと思われる。つまり、この頃の新聞には、伝聞や噂による記事が結構載っており、必ずしも真偽がはっきりしない内容が多くあった。現在の新聞のような、記者の取材方法や事実を確かめ裏を取るといった作業の重要性を担保する組織がまだ確立されていない、草創期のメディア事情がその背景にある。新聞も錦絵新聞も、顔は女で体は魚という人面魚を噂に基づいて描いたかわら版の類いとそれほど大きな隔たりはなかったと言えるかもしれない。

 しかし一方で、錦絵新聞に内容の誤りを正した謝罪記事を出した例が見られるのは驚きである。大阪で発行された『新聞図会』21号は、大坂新町の娼妓・初花と府下師範学校の石井某が深くなじんで和歌を数多く取り交わしたという艶聞を取り上げて描いた。ところが、これについて「正誤。当図会第二十一号初花云々ハ全ク伝聞ノ誤(あやまり)也。今爰(ここ)ニ図画ヲ以テ謝罪ス」という文とともに、版元と文章の筆者が頭を下げて謝っている絵が描かれた号外が制作されているのである。師範学校あたりから苦情が寄せられたのかもしれないが、ニュース内容の真偽にも気を遣っていた証拠である。

 このように、西欧から輸入し移植され始めた新聞という新メディアと、幕末から続く旧メディアが重なり合う過渡期に誕生した錦絵新聞には、当時の人々が新しいニュースの時代に移行しつつあったことが見て取れる。これらの錦絵新聞を目にした人々は、当時の人口の約9割を占めていた農民層とは異なり、都市に住む商人や準知識人層であった。村落共同体の中に主に関心が閉じられていた農民とは異なり、彼らは噂話やかわら版、芝居や絵双紙などに接して最新のニュースを得ていたが、政府の公式情報が掲げられている新聞は漢字が多くて難しく、値段も高く手が出せなかった。彼らの間には、真偽の定かでない噂を面白がったり頼りにしたりする反面、事実を知り真実を確かめることは社会にとって重要であり、またそれは誰にでも可能であるべきだという認識が徐々に広まりつつあった。それが新聞を中心とするジャーナリズムを受容し育む素地を開いていくのだが、逆にフェイクニュースが問題になる現在は、いったんマス・メディアによって作られたニュースへの信頼性が揺らぎ、噂に満ちあふれたインターネットを組み込んだ新たな民主主義的なメディアのあり方が問われているのである。

(つちや れいこ 早稲田大学政治経済学術院教授

近年の論文に、「戦前期の国際的新聞大会にみるメディアと帝国主義」(『Intelligence』第22号、2022)など。

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