親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

今との出会い 第232回「漫画の中の南無阿弥陀仏」

青柳研究員のエッセイ

親鸞仏教センター嘱託研究員

青柳 英司

(AOYAGI Eishi)

 日本の仏教史において、南無阿弥陀仏という言葉が持った意味は極めて重い。

 この六字の中に、法然は阿弥陀仏の「平等の慈悲」を発見し、親鸞は一切衆生を「招喚」する如来の「勅命」を聞いた。彼らの教えは、身分を越えて様々な人の支援を受け、多くの念仏者を生み出すことになる。そして、現代においても南無阿弥陀仏という言葉は僧侶だけが知る特殊な用語ではない。一般的な国語辞典にも載っており、広く人口に膾炙(かいしゃ)したものであると言える。

 では、現代の日本において、南無阿弥陀仏はどのような場面で使われ、どのように理解されているのだろうか。ここでは、日本のポップ・カルチャーの代表である「漫画」を取り上げ、一般的な日本人にとって、南無阿弥陀仏とは何であるのかを考えてみたい(ただし、仏教的なものが直接のテーマとなっている漫画は、すでに論じているものがあるため、ここでは敢えて取り上げなかった)。

 筆者の管見に入った南無阿弥陀仏の用例は、以下の6種に大別される。 なお、漫画は煩を避けるために、関連するものを1つずつ挙げるに留めた。

A、キャラ付け

金城宗幸/ノ村優介『ブルーロック』(講談社)

  主人公のチームメイト・五十嵐栗夢(いがらし ぐりむ)は、寺の息子という設定。このように、登場人物の特徴を際立たせるために、(何の脈絡もなく)南無阿弥陀仏が使われることがある。

B、弔いの言葉として

鳥山明『ドラゴンボール』(集英社)

 敵のロボットの首を吹き飛ばしてしまい、手を合わせる主人公の孫悟空(そん ごくう)。

C、呪文として

うすた京介『ピューと吹く!ジャガー』(集英社)

 クリスマスの夜に現れた幽霊に対して、「ナムアミダブツ」を連呼するピヨ彦。それによって、幽霊が消滅しかけている。このようなシーンにおける南無阿弥陀仏は、何の効果も発揮しないことが多い。そのため、この描写は、極めて例外的なものであると言える。

D、危機的な状況における祈りの言葉として

アジチカ/梅村真也/フクイタクミ『終末のワルキューレ』(コアミックス)

 神々と人類との最終闘争(ラグナロク)が始まるシーンで、必死に念仏を唱える僧侶。

 このようなシーンの念仏は、何の効果も発揮しない「虚しい祈り」である場合が多い。

E、他者を攻撃する(殺す)際の言葉として

手塚治虫『シュマリ』(小学館)

 登場人物の1人である十兵衛(じゅうべえ)は、敵の腕を切り落とす際に「ナムアミダブツ」と呟く。

 このような念仏には、相手への弔い、または贖罪の意味が籠められていると思われる。

F、その他

オダトモヒト『古見さんは、コミュ症です。』(小学館)

 主人公の弟・古見笑介が、米粒に南無阿弥陀仏を書き入れるシーン。なぜ、南無阿弥陀仏なのかは、よくわからない。

 以上のように、南無阿弥陀仏は様々な文脈の中に登場する。

 ただ、法然や親鸞の思想に沿った用例は皆無であり、それどころか、往生や成仏を願うという例も、ほぼ見られない。むしろ、現代日本において南無阿弥陀仏という言葉には、特定の宗派性を越えた仏教的(宗教的)表象という役割が、与えられているように思われる。
 一方、近年の漫画ほど、南無阿弥陀仏を漢字で表記する傾向が強いように感じられる。最早、仮名の表記では、南無阿弥陀仏は宗教的表現として十分に機能しないと、見られるようになっているのかもしれない。現代の日本において南無阿弥陀仏は、仏教性や宗教性を表わすフレーズとして、確固たる地位を占めているように見えるが、それが今後も続くという保証は、どこにも無いのである。そのことを我々は、確かめておくべきであろう。

 最後になったが、南無阿弥陀仏が出てくる漫画は、明治大学の学生諸君から教えてもらったものが多い。この場を借りて御礼申し上げる。

(2022年9月9日)

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今との出会い 第188回「マルジュ=ダービクの戦い」

青柳研究員のエッセイ

親鸞仏教センター研究員

青柳 英司

(AOYAGI Eishi)

 ハイル=ベイという人物のことが、何となく気になっている。

 彼はマムルーク朝の軍人で、16世紀の初頭にはシリアの大都市アレッポの太守(たいしゅ)を務めていた。一般的には、おそらく無名の人物だろう。

 そもそも、ハイル=ベイが仕えたマムルーク朝のことすら、日本ではあまり話題にならない。そこで少し遠回りになるが、その辺りのことから話を始めてみたい。


 マムルーク朝の「マムルーク」とは、「所有された者」という意味だ。つまりは、奴隷のことである。しかし、単なる奴隷ではなかった。イスラーム世界では10世紀ころから、遊牧民の子弟を買ってきて一流の教育と訓練を与え、優秀な軍人に育てるということが行われてきた。この奴隷身分出身の軍人が「マムルーク」であり、彼らがエジプトとシリアに築いた王国が、マムルーク朝なのである。

 この国が中東の歴史に果たした役割は、決して小さくない。彼らはモンゴルの侵略からイスラーム世界を護り、十字軍に奪われたムスリム(イスラーム教徒)の地を取り戻した。これらを成し遂げたマムルーク朝の英主バイバルスは、現在の中東でも極めて人気が高い。


 けれどハイル=ベイの生きた時代、その栄光はほとんど過去のものになっていた。宮廷では派閥抗争が繰り返され、官僚も賄賂(わいろ)を求めることが常態化していたという。明らかに民心は、マムルーク朝から離れつつあった。

 この状況にハイル=ベイが何を思っていたのか、それはわからない。

 ただ彼はマムルーク朝の滅亡に際して、重要な役割を担うことになる。


 1516年の8月。

 オスマン帝国第9代スルタン(皇帝)のセリム1世が、その矛先をシリアに向けた。

 オスマン帝国もマムルーク朝もスンニ派の王朝であり、イスラーム法はムスリム同士の争いを禁じている。しかしセリムは、マムルーク朝がシーア派のサファヴィー朝に接近したことを根拠に、ウラマー(イスラーム法学者)から次のような法判断を取り付けた。

 「異端を助ける者は異端である。異端との戦いは、聖戦である」

 当時のマムルーク朝は、イスラームの聖地であるメッカとマディーナの守護者であり、スンニ派イスラーム世界の盟主を自認していた。しかしセリムは、マムルーク朝を異端として告発し、その地位を否定したのである。


 オスマン帝国とマムルーク朝の会戦は、アレッポにほど近いダービクの平原(マルジュ=ダービク)で行われた。両軍の規模がどの程度であったのかは、よくわからない。しかし両軍を合わせれば、10万を越える兵力になったのは確実だろう。

 ただ、蓋(ふた)を開けてみると、戦いはオスマン帝国側の一方的な勝利に終わった。 マムルーク朝の敗因の1つは、明らかに装備の差である。オスマン帝国が早くから鉄砲や大砲を導入していたのに対し、マムルーク朝軍の主力は依然として、弓や槍で戦う騎兵たちだった。日本の長篠の戦いもそうであったように、騎兵の突撃は鉄砲の一斉射撃に勝てない。

 そしてもう1つの敗因は、左翼軍を率いていたハイル=ベイの寝返りだった。セリムは彼の内応(ないおう)を取り付けた状態で、会戦に臨んでいたのである。これによってマムルーク朝の敗北は、決定的なものになった。

 翌年には首都のカイロも占領され、マムルーク朝は滅亡に追いやられる。

 ハイル=ベイは、オスマン帝国の初代エジプト総督へ任じられた。


 では、彼は玉座を奪い取るために、祖国を裏切ったのだろうか。

 そのように見ることは、もちろん簡単である。

 けれど彼はセリムが帰国し、急死した後も、独立を試みようとはしなかった。それどころか率先してオスマン帝国の官服を身に着け、オスマン帝国の諸制度を導入し、マムルーク朝のものを排除していく。

 ハイル=ベイの寝返りは、本当に単なる野心の所産だったのだろうか。

 疑いが残る。

 彼が本当に望んだものとは、何だったのだろうか。

 私はそこが、ずっと気になっている。

 ただ、祖国を滅ぼしてもよいと思うことが、人間の身の上には起こるのだ。

 それだけは、事実である。

(2019年1月1日)

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今との出会い 第178回「仏教とボードゲーム」

青柳研究員のエッセイ

親鸞仏教センター研究員

青柳 英司

(AOYAGI Eishi)

 近年のゲームは、コンピュータを相手にするのが一般的だ。

 けれど非電子型のテーブルゲーム(俗に言うアナログゲーム)も、決して馴染(なじ)みがなくなったわけではない。たとえば囲碁や将棋、麻雀などは幅広い年齢層に楽しまれているし、トランプや双六(すごろく)、『人生ゲーム』(タカラトミー社)なども、遊んだ経験がある人は多いだろう。

 しかし近年、ドイツを震源として、まったく新しいボードゲームが次々に生み出されていることは、あまり知られていない。


 その先駆けとなったのが、1995年に発売された『カタンの開拓者たち』(Die Siedler von Catan、コスモス社)だ。これは未開の島の開発をモチーフにしたゲームだが、プレイヤーの選択肢が極めて広い。交易路を長く延ばすもよし、たくさんの都市を築くもよし。あるいは盗賊を利用して、他のプレイヤーの妨害をすることもできる。この独特なゲームシステムは大人でも十分に楽しむことができ―むしろ小さな子どもには難しい―、世界中で高い評価を受けた。

 また、ドイツ産のボードゲームには、この他にも斬新なものが多い。そのため日本でも今、これらに触発されるかたちで、さまざまなボードゲームが新たに開発されている。しかもそのなかには、仏教を題材にしたものが少なくない。


 その代表は、第1回東京ドイツゲーム大賞を受賞した『枯山水』(2014年、New Games Order,LLC)だろう。「枯山水」は禅宗のなかで発達した庭園様式で、水を使わず、石や砂だけで山水の風景を表現したものだ。このゲームでもプレイヤーは、枯山水の造営を通して禅の精神を表わすことを目指す。そのため各プレイヤーは自分の手番に、「庭をいじる」だけではなく「座禅をする」という選択肢を採ることができる。単に砂を引いていくだけでは、美しい庭は造れない。禅の精神を表わす洗練された枯山水を造るためには、参禅することが必須となるゲームシステムになっているのだ。

 もちろん、『枯山水』をプレイしても、禅宗の教えに直接触れられるわけではない。しかし、禅の雰囲気に触れるきっかけにはなるものだろう。


 次に紹介する『曼荼羅(まんだら)』(2015年、New Games Order,LLC)も、東京ドイツゲーム賞で特別賞を受賞したものである。プレイヤーは曼荼羅―仏教的宇宙観を表現した絵画―を描く絵師となり、より広大な仏の世界を表わすことを目指す。ただ、そのために必要なのは座禅や瞑想(めいそう)ではなく、六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)を経廻(へめぐ)ることである。広大な仏の世界を表現するためには、六道の苦海に深く沈潜することが必須の条件になっているのだ。

 衆生の苦と隔絶したところに仏の世界があるのではなく、苦の衆生を見そなわし、包んでいく存在こそ仏陀である。このような仏教観が、『曼荼羅』のゲームシステムには表現されているように思う。


 ただ筆者は寡聞(かぶん)にして、これらのゲームの作者がどのような方かを存じあげない。

 しかし現在、僧侶の側にもボードゲームを通じて仏教を発信しようとする試みがある。その第一人者が、臨済宗妙心寺派陽岳寺の副住職、向井真人(むかい まひと)氏だ。氏はすでに『御朱印集め』『檀家―DANKA―』、『WAになって語ろう』などの作品を世に出している。これらは教義を解説するためのものではなく、あくまでも僧侶や寺院、仏教のある生活が、身近に感じられることを目指したものである。またゲームと言っても、子どもだけを対象としたものではない。大人も充分に楽しむことができる洗練されたものとなっている。

 さらに向井氏は現在、江戸時代に作られた「浄土双六」を現代風にアレンジし、仏教的世界観をペーパークラフトで立体的に表現したゲームを開発中だ。こちらは仏教の基本的な考え方に、触れることができるものになるだろう。


 もちろん、仏教をゲーム化することに、抵抗のある人もいるかもしれない。しかし、寺院や仏教は敷居が高いと言われて久しいのも事実である。従来とは異なる仏教の発信方法を、積極的に模索していく必要があることは間違いない。その点でボードゲーム化という試みは、新しい仏教の表現・伝達方法を切り開くものだと言えるだろう。

(2018年3月1日)

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今との出会い 第168回「真宗の公開性」

青柳研究員のエッセイ

親鸞仏教センター研究員

青柳 英司

(AOYAGI Eishi)

 学問は歴史を重ねるに連れ、専門性が高まる傾向にある。


 少数の人間のなかでしか問題にならない学問なら、どれほど特殊な用語が増えようと、いかに奇妙な議論が展開されようと、必ずしも問題ではないだろう。しかし、仏教・真宗というものは、多くの人に共有されることを願いとしたものである。にもかかわらず、真宗の教学が内向きになり、公開性を失うのであれば、それは教学としての意義を失うことになりはしないか? そう思わされたのが、今年1月に小山聡子氏から上梓(じょうし)された、『浄土真宗とは何か 親鸞の教えとその系譜』(中公新書)だった。


 著者は歴史学の専門家であり、従来の親鸞像が宗祖として理想化されたものであると指摘する。そのうえで、本書は当時の資料から、「等身大の親鸞」や家族・後継者の信仰に迫っている。この試み自体は、極めて重要なものだろう。ただ親鸞の信仰を探るのであれば、その著作が最も有力な「当時の資料」となる。しかし小山氏は、親鸞の著作を十分には読み込んでおられないように思う。


 ここでは1点だけ取り上げ、訂正させていただきたい。


親鸞は愚の自覚の困難さについて、少なくとも現存する著作の中では触れていない。自力から他力へと移行するには、その前提として愚の自覚が必要となるはずである。厳しい自己凝視、あるいは自己否定を必要とする他力信心の獲得は、多くの人間には容易でない。

(小山氏前掲書 263頁)


 ここで氏は「愚の自覚」を、「自力から他力へと移行する」前提として位置づけている。しかしこれは、親鸞の思想ではない。小山氏の言う「愚の自覚」とは、煩悩(ぼんのう)の尽きない凡夫であるという自覚であろうが、これこそが実は、「真実信心」の内容なのである。たとえば『教行信証』の「信巻」では、『集諸経礼懺儀(らいさんぎ)』を引いて次のように述べられている。


二つには深心、すなわちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根(ぜんごん)薄少にして三界に流転(るてん)して火宅(かたく)を出でずと信知す。今、弥陀の本弘誓願(ほんぐぜいがん)は、名号を称すること下至十声聞等(げしじっしょうもんとう)に及ぶまで、定んで往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで、疑心あることなし。かるがゆえに「深心」と名づく、と。

(『真宗聖典』222頁)


 このように「真実の信心」とは、「深心」である。それは「煩悩を具足せる凡夫」であると「信知」することであり、同時に「弥陀の本弘誓願」による往生を「信知」することであると示されている。つまり、「凡夫」であるという自覚は「真実信心」の内容なのであり、他力に移行するための前提ではない。そして親鸞は、この「真実信心」が「難信」であることを、さまざまな著作のなかで繰り返し言及している。よって「親鸞は愚の自覚の困難さについて、少なくとも現存する著作の中では触れていない」というのは、小山氏の誤解である。


 真宗教学のなかでは、「愚の自覚」が真実信心であることは常識中の常識である。しかし、氏の「参考文献一覧」には、親鸞の思想に関するものがまったく挙げられていなかった。「浄土真宗とは何か」を論じる場合でも、教学の成果を参照する必要は無いと、見なされてしまったのだろう。もしそうであるなら現在の教学も、「宗門が理想化した親鸞」の思想を扱うものだと、理解されているということだろうか。これはわれわれに突き付けられた、大きな問題であると思う。


 教学の常識に立って小山氏の著作を批判することは、決して難しくない。しかし、それよりもわれわれは、現在の研究が本当に普遍性をもったものであるかを検証し、より広く公開する必要があることを痛感した。この点から見れば、氏の著作は良著である。

(2017年5月1日)

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