言葉が歴史を経るなかで、本来の意味と解離しつつ、日常に溶けこむことはよくある。仏教においても、それは同様である。例えば、「因縁」、「三昧(さんまい)」などは現代でもよく用いられるが、それが仏教の言葉であることを意識することは、ほぼないだろう。この本には、そのような著名な言葉はもちろん、私も知らなかったものも紹介されている。「蒲団(ふとん)」「道楽」もその一例である。意外なのは「寺」である。本来の意味は「(ものを手に)持つ」の意味であったらしい(109頁)。「持つ」の字に、その「寺」本来の名残があるわけだ。それが、どのようにして現在のような「寺院」の意味になったかについては、本書を参照されたい。 仏教の漢語が、中国では本来どのように用いられていたのかについても紹介されているので、広範な知識を得ることができる一冊である。