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ブックレビュー(書評)
2020年6月
『龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝』
  礒崎 純一 著

[白水社、2019]

 高校生であった時分にへんなやつがいて、かれが勧めてきたのが澁澤龍彥の『人形愛序説』であった。私はそのままに受けながしていたが、河出文庫の『眼球譚』(生田耕作訳)などを愛読していたので、澁澤によるサドの翻訳などに手をのばすのは時間の問題であった。

 数年前からある方の生涯に関心を抱くようになり、伝記を書くのはどんなこころなのかを考えさせられている。伝記とひとくちにいっても、岡野弘彦『折口信夫伝』や鈴木敏文『性の伝道者 高橋鐡』のように、師を憶念して書かれたものもあれば、友ないし隣人が著者の場合もある。たとえば、光岡良二『北条民雄』や吉岡実『土方巽頌』などがそうだ。もちろん関係や時代を隔てた著者によるものも多い。

 いってみれば、対象の人物といかなる関係にあり、どれほどの距離に立っているか、というところから伝記の執筆は始まっている。折口の伝記でいえば岡野と加藤守雄の筆致はだいぶ異なるし、北条についても光岡と髙山文彦では対象との接し方に当然ちがいがある。ともあれ、伝記の執筆はそもそも、ある程度の距離を獲得することによってようやく可能となっているのだろう。

 澁澤龍彥の場合でいえば、逝去からすでに30年を過ぎている。その最晩年に関わった編集者による、澁澤にとってはじめての伝記が本書である。師とも友とも異なるが、単純な第三者というわけでもない。編集者としての関係、距離の取り方とでもいうのだろうか、この点が本書を独特のものにしている。べったりでも突き放すのでもない。かといって中立や客観を装う白々しさはぜんぜんない。著者は「福音史家」の叙述を志向したという。

 ある種の年表のように、澁澤の生きた日々が淡々と紙面を構成している。そう聞くと、いかにも退屈そうに思われるかもしれない。なるほど、1960〜70年代を綺羅星のごとく彩る文化人たちが多数登場するとはいえ、澁澤の生涯とは、原稿執筆や翻訳などの仕事、みずからが嗜好する作品の鑑賞のほかには、よく人と会い、飲み、食べ、そしてたまに旅行するといった日常の集積である。それが約500頁も綴られているわけだが、さくさくと読み終えることができるのはなぜか。それは本書の叙述スタイルに起因すると思われる。

 本書のスタイルは、澁澤についてすでに多くの証言が遺されていること、そして先述のように著者が編集者の立ち位置にいたという偶然を経て、見事に意図的なものとして結実している。伝記の書かれ方と対象とが相応しているともいうべき、いかにも澁澤にふさわしい叙述が採用されており、たとえば私が想起するのは、次のような澁澤の言葉である。

私は二十代の半ばから、ひたすら詩を殺すことを心がけてきた人間である。だからといって、私の内部にポエジーが涸渇しているということにはならないだろう。私は、私の内部からあふれ出ようとしている安っぽいポエジーに対して、いつも警戒の目を光らせている。私の警戒の網の目をくぐって、紙の上に滲み出してきたポエジーがあったとすれば、それこそ本物のポエジーだろう。 (「詩を殺すということ」『澁澤龍彥全集』第10巻所収)

 『現代詩手帖』(1968年3月号)の特集「私にとって現代詩とは何か」に寄稿された文章の一節である。澁澤によると、詩はそもそも世界に遍在しているのであって、殊更に詩的言語をこしらえようと企む者はむしろ、みずからが安易に用いる言葉に復讐され、がんじがらめにされてしまうのである。

 このように現代詩の「言語使用法」を批判する文だが、「福音史家がみずから朗々と歌う愚は厳につつしんだつもりである」とあとがきに記す、本書の姿勢に通じる言葉でもある。澁澤に関する膨大な文献から出来事を選び、再構成と再配置を施した叙述スタイルは一見、無味乾燥とも思われるが、本書はそれによって澁澤の存在を却って生きいきと立ち現せてみせる。

 つまり、恬淡とした本書の叙述は逆説的なことに、先の引用で澁澤がいうところの全きポエジーに裏打ちされているのである。あえてこんなことを言明するのは野暮の極みだが、私は澁澤のような着流しのホモ・ルーデンスではないから、これくらい記してもばちはあたらないだろう。日常の集積にポエジーが遍在するとは、なんとも悦ばしいことではないかと、そのようにも思われるのである。

東 真行(親鸞仏教センター研究員)

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