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ブックレビュー(書評)
2018年7月
『睡蓮』
  早坂 類 著
[RANGAI文庫、2014年]

 〈僕〉というカタチをこえてあふれだす〈僕〉という名のうつむく〈ひとり〉 早坂類

 早坂類を知ったのは、穂村弘『短歌という爆弾――今すぐ歌人になりたいあなたのために』(小学館文庫、2013)がきっかけである。やや長いが引用してみたい。

……生の一回性に根ざした体感が早坂作品においては強い孤独感と結びついて表出されることが多い。例えば次の歌。

 かたむいているような気がする国道をしんしんとひとりひとりで歩く 早坂類

 国道をひとりで歩く、ただそれだけのことが怖ろしい孤独感を伴って読み手に迫って来る。その孤独感を直接表現しているのは、「しんしんとひとりひとりで歩く」の下句であるが、「かたむいているような気がする国道」にも強いリアリティが感じられる。「かたむいているような気がする」という主観的な言い方には、本当はかたむいていないのかも知れないけれど私にはそのように思えてならない、という他人の同意を期待しないニュアンスがある。

 うつくしい午前五時半ころころと小石のように散歩をします 早坂類
 さんざんに美しい幻の家であるような紺のコートを羽織る  同

 これらの歌にみられる孤独な潔さはどうだ。実際に詠われている内容はそれぞれ「散歩をします」「コートを羽織る」に過ぎないのである。「小石のように散歩をします」という表現からは、仮にふたりで楽しげに歩いていたとしてもその底でなお〈私〉はひとりである、という感覚が伝わってくる。また、「紺のコート」が「さんざんに美しい幻の家」であるとは、目の前でそれを見ている人にも決して伝わることのない〈私〉ひとりの真実であろう。

  穂村弘の解説は卓越したもの、それ自体が名文だと思うがここで言われる「孤独な潔さ」を手掛かりとして、早坂類の小説『睡蓮』をみてみたい。
 『睡蓮』は、「生涯に一度だけ、彼女の視た完璧な花とは。彼女が抱いたひとつの希望とは…。「睡蓮」と名乗る彼女の生き様。「世間? 馬鹿馬鹿しい」「もしかしたら建設的と呼ぶ事も出来るかもしれない未来のために、この幸せからあえて自分を引き離す事に何の意味があるのだろうか? 現に今、この胸底に、素晴らしいものがあるのに」…海の波は明るく打ち寄せ、詩は命の泡の上に投げ出される。この素晴らしき世界。」と公式に紹介されるが、これは一面的であるように思う。『睡蓮』には、睡蓮の言葉としてこんな一節がある。

けれど、やがてそんな事態にもいつしかすっかり飽きてしまい、飽きているという事さえ当たり前になってゆき、心は果てしなく低いところに座り込み、日常的なうっすらとした絶望感から抜き出せないまま、どことはうまく指差しては言えないが、生半可に死んでしまっている自分の身体をずるずるとひきずりながら、この坂を昇り下りしてきたのだった。/夏は影の濃く落ちている片側を選び、冬は凍りついてしまう片側の日陰を避けて。/それは、確実に、力のいる仕事だった。/愛着も興味もほとんど持てない世界を、ただ無為に生きてゆくための力が要ったと思う。/夏の草の下で死んだ黒猫は静かに眠り始めた。

「世間?馬鹿馬鹿しい」/そのとき思わず吐き捨てるようにそう言った自分の乱暴さに戸惑った。/実際、世間など、いつだってどうでも良かったのだ。/ただそれらを頭から馬鹿にし、拒む事を自分に許してしまえるほど、自らの人生に自信がなかった。/いつもとりつくろい、逃げ腰で愛想笑いをし、かたくなに自閉し、内心ひどく傷つきながら、自分でもよく解らない不満でいっぱいだった。

 ここに現われているのは「孤独な潔さ」ではないであろう。少なくとも、早坂類が『睡蓮』で描こうとしている睡蓮とそこにこびりつく孤独は、決して潔いものではなく、強くきれいに狂うその一歩手前で、逡巡(しゅんじゅん)し強烈な痛みを伴うものである。この逡巡が――誰しも抱えたことがあろう煩悶が――自分と睡蓮とを架橋してしまいそうで、恐ろしいのである。そう、その最後の狂おしく純真な結末に。
 睡蓮の、その結末は何か知っていたような気がする。そうなるのは当然でなんの非理もない澄んだ空気を吸い込める物語。その物語に我々を架橋し引き込んでしまう、強烈な痛みを伴う孤独。ここに早坂類『睡蓮』の魅力がある。

 しかし、それだけではなく、どうしようもなく孤独な魂が孤独でありながら誰かとそこに立ち並ぶ瞬間、ふたりそこにあることの必然性を描くのも『睡蓮』だ。独りと独りが交差しながらまき散らされる迷いと純真さに引き込まれる一冊。

中村 玲太(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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