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ブックレビュー(書評)
2019年12月
『笠原和夫傑作選 第2巻 仁義なき戦い――実録映画篇』
[国書刊行会、2018]

 捜査を終えた刑事たちが署にもどってくる。「やあ、みんなご苦労さん、おかげでうまい夜食にありつけるよ」
 海田昭一(演じるのは梅宮辰夫)はそう言い、皿に盛られたカレーライスを手にする。  久能徳松(菅原文太)は、夜食を口にしている海田につかつかと接近し、唐突にそれを払いとばす。皿は壁に叩きつけられて割れ、飯は床にぶちまけられる。久能はその非礼を詫びることなく、対決の構えで海田の眼前に立つ。
「なんのまねだ」と怒りを滲ませながらも、あくまで冷静を装う海田に、
「あんた歳なんぼない」と久能が尋ねる。
「31だが」
「ほいじゃあ、にっぽんが戦争に負けたときは小学生じゃったのう。あんころはのう、上は天皇陛下から下は赤ん坊まで横流しの闇米くろうて生きとったんでえ。あんたもその米で育ったんじゃろうが。おう。きれいづらして法の番人じゃなんじゃ言うんじゃったら、18年前、われがおかした罪、清算してから、うまい飯くうてみいや」

 笠原和夫脚本、深作欣二監督作『県警対組織暴力』(東映、1975)の白眉となる場面であり、あるいは笠原脚本のひとつの頂点でもあるだろう。本書『笠原和夫傑作選 第2巻 仁義なき戦い――実録映画篇』は全3巻からなる選集の1冊であり、代表作『仁義なき戦い』4部作を筆頭として、この『県警対組織暴力』などの脚本が収められている。

 さきに再現を試みたのは、法の正義のもと「組織暴力」を容赦なく取り締まる海田の捜査方法と久能が真っ正面から衝突する場面だ。海田はエリート街道をひた走る県警、対する久能は「組織」とずぶずぶに癒着したいわゆる悪徳刑事である。

 正義感や倫理観からではない。闇市で買い出した「闇米」を警察に幾度も没収されるうちに、ならば拳銃を手にして押収する側にまわろうと思った。これが、久能が警官を志した原風景であり初心である。その心に感知されているのは、飯を喰らいつつ生きることに根ざす罪と悪である。人間は罪悪にまみれて生きざるを得ないという、この諦念ゆえに彼は組織を容認する。

 久能と組織の関係が深まったのは、若衆頭である広谷賢次(松方弘樹)の男気に惚れたことがきっかけであり、ここにも飯を喰うことが絡んでいる。広谷は敵対する組織の長を射殺した深夜、ただちに久能のアパートにあらわれて自首を願い出る。久能は広谷を署に出頭させるための身支度をはじめ、そのあいだ広谷に茶漬けを喰わせるのだが、がつがつと飯をかっこみ、茶碗をしごくように洗う彼のすがたを見て考えをひるがえす。久能は広谷を見逃し、この出来事以降、組織にますます肩入れしていくことになる。

 昭和38(1963)年の架空都市「倉島市」が作品の舞台。久能がいう「18年前」とは、敗戦からの年を数えたものだ。敗戦後当時、飢餓のなかで生きながらえるため、様々な悪をおのずからにゆるし、数多の人々を見放したことが脚本家笠原には痛みとして残っていたという。

 この作品の公開は昭和50(1975)年であり、実際には敗戦から30年が過ぎている。あるいは、それほどの月日を経ても、みずからを飢えさせた者たちにぶつけるだけの怒りが笠原の心中に現存したということでもあろう。その思いが色濃く映った作品であり、今現在はいざ知らず、当時の観客の多くはその情を共にしていたのだろうか。

 久能を演じた菅原文太は、県知事選挙に立候補した翁長雄志のために沖縄に駆けつけ、このように語った。
「プロでない私が言うんだから、あてになるのかならないのかわかりませんけど。政治の役割はふたつあります。ひとつは国民を飢えさせないこと。安全な食べものを食べさせること。もうひとつは、これはもっとも大事です。ぜったいに戦争をしないこと。私は小学校のころ、戦国少年でした。小学校、なんでゲートルをまいて、戦闘帽をかぶって、竹槍をもたされたのか。今ふりかえると、ほんとうに笑止千万です」 (2014年11月1日)

  「清算」できぬ罪悪は、担おうとする者を待つ。演説のなかで菅原は「おぼえてらっしゃらない方もいるかな」と前置きしつつ、『仁義なき戦い』のせりふまで援用した。菅原の最晩年に通底したのも、笠原が描いた痛みと怒りへの共感であったかと思われてならない。

「われわれが生活するにあたって罪悪を犯さずにおれない。昨今は、何某判事が法の神聖を守って餓死せられたということが、新聞の問題となりまして、いろいろのことがいわれております。私たちはああいう話については、何もいうことはできない」(金子大榮『歎異抄聞思録』第8講より)

 敗戦から2年を経た昭和22(1947)年11月9日、京都高倉会館で金子大榮はこのように語っている。金子は真宗大谷派(東本願寺)を代表する仏教学者だが、今なお版を重ねる岩波文庫『歎異抄』の校訂者でもあり、そう聞くとなじみを覚える方が多いかもしれない。

 ここで某判事といわれているのはおそらく、この講話の先月(10月11日)に闇米を食することを拒み、栄養失調となって生を閉じた山口良忠を指している。戦中から金子は、彼を慕う人々によって食糧などを支援されてきた。「たいへん健康そうですね。配給の顔じゃありませんなあ」という言葉をかけられて罪を感じたと語ってもいる(『仏道史観』参照)。「何もいうことはできない」というのはそのためでもあろう。山口の死が、金子自身に問いとして刺さっていたと考えられる。

 金子はつぎのようにも語っている。
「互いに害し合い、互いに食み合わなければ生きておれないという動物の姿を見ては、われわれは宿業の浅ましさを感ぜざるを得ません。しかしわれわれは動物と同じように生き物を殺して生活する。闇商売をして生活する。買い出しをして生活をする。どうしたってそうなんでありませんか。新聞記者だの、雑誌の評論家などというものは、ただ人を批判するだけで人から批判されないようでありますけれども、何かわれわれの眼から見ると、それ全体がもうひとつ浅ましい、要するに非常に浅ましいという感じは人間においてのみ感ずることができるのであります」 (金子大榮『歎異抄聞思録』第15講より)


 人間は動物をみて畜生などと蔑むことさえあるが、人間も同様に生きる以上は他の生を摂取し、犠牲としなくてはならない。金子はそのことに連ねて「闇商売」や「買い出し」という当時の現実に言及している。「どうしたってそうなんでありませんか」という口吻には居直りではなく悲歎がこもる。

 つづけて金子は記者や評論家を批判している。ここでは、現実に対する第三者的なふるまいこそが問題とされている。久能のせりふでいえば「きれいづらして」という言葉に相当するだろう。金子は真摯に正義を希求することを放棄せよというのではない。正義を求め、過誤を批判することの重さは当然承知のうえで、それでもなお人間世界全体にわだかまる「浅ましさ」をひしひしと身に感じざるを得ないと語る。人間のみが感じるという、この浅ましさ。すなわち、生きることに根づく罪悪の感知が人間の証明であるのならば、誰ひとりとして本来「うまい飯」など喰えるはずもない。

 親鸞はこの国の主上とその臣下たちが真実に背き、師法然とその門弟たちを処罰したことを『教行信証』において厳しく批判した。さきの大戦は真実に背くゆえの所業であったと、戦後はるかな私はそのように言い得る時と場に生まれてはいるが、私たちが他なるものを喰らう者である以上、あらゆる人間は「闇米」に象徴される世界の悲惨によって養われてきたのである。ならば、その責は今なお担おうとする者、宿業を感じる者によって担われるべきである。

 久能による非難の筋がおいそれと通るものでないにせよ、あらゆる人間に通じる罪悪の底を笠原もまた見抜いたのだとそう思わざるを得ない。昭和、平成、令和と元号は変わっても、ひとは変わらない。本書に収められるのは、時代と共にありつつも変わることのない大事な証言である。

東 真行(親鸞仏教センター研究員)

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