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研究活動報告
聖典の試訳:『歎異抄』研究会
 第十条は、『歎異抄』の前編(師訓十か条)から、後編(異義八か条)への結節点であり、後編を貫く異義批判の要である。その要点が「念仏には無義をもって義とす」である。これは「念仏は人間の思慮分別を超えている」という趣旨である。  ところが、ここには人間の思慮分別を超えたものを、どうして人間が知り得るかという矛盾がある。人間には、ものごとを分別して認知し、認識するという知り方、つまり、わからないものを拒否し、わかるものだけを信ずる知り方がある。
 だが、もうひとつ違った知り方がある。それは、わからないものをわからないものとして受容する知り方である。これは理性的な認識へ傾斜するのでもなく、神秘的な認識へ傾斜するのでもない。いわば、第三の知り方を『歎異抄』は「信心」という言葉で示している。(武田定光)
『歎異抄』試訳 <第十条> >> PDF版はこちら
原文
 「念仏には無義をもって義(1)とす。不可称不可説(2)不可思議のゆえに」とおおせそうらいき(3)
現代語訳
 「念仏は、人間を苦しめる偏った価値観による意味づけや考え方を破り、解放をもたらすところに如来の意図がある。それは、言葉も及ばず、説き尽くすこともできず、考えることをも超えているからである」とおおせになりました。
 そもそもかの御在生(ざいしよう)のむかし、おなじこころざしにして、あゆみを遼遠(りょうおん)の洛陽(らくよう)にはげまし、信をひとつにして心を当来の報土(ほうど)にかけしともがらは、同時に御意趣(ごいしゅ)をうけたまわりしかども、そのひとびとにともないて念仏もうさるる老若(ろうにゃく)、そのかずをしらずおわしますなかに、上人(しょうにん)のおおせにあらざる異義どもを、近来はおおくおおせられお(合)うてそうろうよし、つたえうけたまわる。いわれなき条々の子細のこと。
 親鸞聖人がご在世の頃、同じ志をもって、関東から京都まではるばる聖人を訪ね、また信心を同じくして、如来の大悲によって、いまここに開かれてくる明るい真実の世界を生きたいと願った人々は、同じときに聖人から本願の御こころをお聞かせいただいた。その人々に従って念仏に生きている老若男女は、数えることもできないほどたくさんいらっしゃる。しかし、最近ではそのなかに聖人の教えとは異なった諸説を唱える人々がいると伝え聞いている。それらは、まったく根拠のない主張である。詳しく問題点を吟味してみよう。
(原文は、東本願寺発行の『真宗聖典』を参照した)
語注
(1) 【義】「御消息集(ごしょうそくしゅう)」には、「義(ぎ)と申すことは、行者(ぎょうじゃ)のおのおののはからう事を義(ぎ)とは申すなり」(『真宗聖典』五八九頁)、「義(ぎ)ともうすことは、自力(じりき)のひとのはからいをもうすなり」(同五八二頁)とある。
(2) 【不可称不可説】『一念多念文意(いちねんたねんもんい)』には、左訓(さくん)として、「不可称」に「コトバモオヨバズトナリ」、「不可説」に「トキツクスベカラズトナリ」とある。
(3) 【おおせそうらいき】『歎異抄』第三条とこの箇所には、「おおせそうらいき」とある。この主語について、法然か親鸞かという議論がある。ここでは、唯円が聞きとった親鸞の言葉と了解した。
(訳・語註・補注:センター)
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