親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 聖典の試訳:『歎異抄』研究会
研究活動報告
聖典の試訳:『歎異抄』研究会
 現代語訳作業をしているときに、いつも思うことがある。それは、『歎異抄』の言葉が、どのような場面(シチュエーション)で発せられた言葉であるのかということである。「親鸞は父母の孝養のためとて……」という言葉が、何人の聞き手の前で発せられたのか。どのような場面だったのか。この言葉は、聞き手の問いに応答したものではないのか。
 問いの部分は書かれていない。しかし、確かに問いがあったはずである。その問いとは、どのような問いであったのか。その問いの深さとわれわれのレベルが共振したときに、応答として、言葉の意味が開示されてくるのであろう。その問いを提出した聞き手とわれわれのレベルがシンクロしたときにだけ、『歎異抄』とわれわれは「二人称の関係」に入ることができるのである。(武田定光)
『歎異抄』試訳 <第五条> >> PDF版はこちら
原文
 親鸞(しんらん)は父母(ぶも)の孝養(1)(きょうよう)のためとて、一返(いっぺん)にても念仏もうしたること、いまだそうらわず。そのゆえは、一切(いっさい)の有情(うじょう)は、みなもって世々生々(2)(せせしょうじょう)の父母(ぶも)兄弟なり。
現代語訳
 私《親鸞》は、亡くなった父母への供養のために念仏したことは、いまだかつて一度もない。その理由(わけ)は、いま現に生きとし生けるものは、あらゆるいのちとつながりあって生きる父母兄弟のような存在だからである。
 いずれもいずれも、この順次生(3)(じゅんししょう)に仏(ぶつ)になりて、たすけそうろうべきなり。
 どのような存在であろうとも、やがて仏の位に到ったときには、だれをも救済することができるのである。
わがちからにてはげむ善にてもそうらわばこそ、念仏を回向(4)(えこう)して、父母(ぶも)をもたすけそうらわめ。
 もし念仏が自分の努力でおこなえる善行であるのならば、念仏を振り向けて父母をたすけることもできよう。
 ただ自力(じりき)をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道四生(ろくどうししょう)のあいだ、いずれの業苦(ごうく)にしずめりとも、神通方便(じんずうほうべん)をもって、まず有縁(5)(うえん)を度(ど)すべきなりと云々
 しかし、自分の努力でなんでもでき、ひとを愛せると思っている心に絶望して、すみやかに弥陀の本願の広大なる智慧をいただくならば、その智慧のはたらきによって、どのような苦悩多い境遇に埋没している存在であっても救われるのである。
(原文は、東本願寺発行の『真宗聖典』を参照した)
語注
(1) 【孝養】もとは親孝行をあらわし、ここでは亡き親への追善供養を意味する。
(2) 【世々生々】過去から未来へ受け継がれていく、広く深いいのちのつながりをあらわす。
(3) 【順次生】現世の凡夫の生に対して、やがて成仏する可能性を「次の生」とあらわす。
(4) 【回向】自らの功徳を他のものに振り向けることをいう。ここでは自力の回向をあらわす。
(5) 【有縁】親鸞聖人の用語例として、『讃阿弥陀仏偈和讃』には「仏慧(ぶって)功徳をほめしめて 十方(じっぽう)の有縁(うえん)にきかしめん 信心すでにえんひとは つねに仏恩(ぶっとん)報(ほう)ずべし」とあり、「有縁」を「十方の衆生」と了解した。
(訳・語註・補注:センター)
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス