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研究活動報告
聖典の試訳:『歎異抄』研究会
 中世の言葉を現代の言葉へ訳すことを私たちは「現代語化」と名づけている。当然のことだが、中世の人間と21世紀の現代人は、生物学的には同じであっても異なった意味世界を生きている。現代人は、いわゆる「この世」に関心の比重を置いているが、中世の人々は「あの世」に比重を置いて生きていた。いわゆる「あの世」に永遠に安楽な世界を想定し、「この世」を「仮の世」として生きていた。『歎異抄』も、そのような意味世界を土台にしつつ、「あの世」と「この世」とを共に超越する言葉が紡ぎ出されている。現代語化することは直訳ではなく、まさしく「創造的な翻訳」でなければならない。(第二条は長文のため、2回に分けて掲載する)(武田定光)
『歎異抄』試訳 <第二条> その1 >> PDF版はこちら
原文
 おのおの十余(じゆうよ)か国(こく)のさかいをこえて、身命(しんみよう)をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御(おん)こころざし、ひとえに往生極楽(1)のみちをといきかんがためなり。
現代語訳
 あなたがた一人一人が、はるばる長い道のりを、大切な身体(からだ)と生命(いのち)を危険にさらしてまで、たずね求めてこられた志(こころざし)は、真実の生活が実現する道理を体得したいということにある。
 しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知(ぞんじ)し、また法文等(ほうもんとう)をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておわしましてはんべらんは、おおきなるあやまりなり。
 しかし、念仏以外に真実の生活が実現する道理を知っているとか、経典等を知っているのだろうとお考えならば、根本的な間違いである。
 もししからば、南都北嶺(2)(なんとほくれい)にも、ゆゆしき学生(がくしよう)たちおおく座せられてそうろうなれば、かのひとにもあいたてまつりて、往生の要(よう)よくよくきかるべきなり。
 もしそういうことなら、奈良や比叡山にはすぐれた学僧たちがたくさんおられるのだから、そういう方々にでもお会いになって、真実への目覚(めざ)めがどのように実現されるかをよくよくお尋ねになるがよい。
 親鸞(3)(しんらん)におきては、ただ念仏して、弥陀(みだ)にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細(しさい)なきなり。
 この私《親鸞》においては、ただ念仏によって実在を回復できるという如来の本願の道を法然上人からいただいて、それを信ずるのみである。
 念仏は、まことに浄土(じようど)にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄(じごく)におつべき業(ごう)にてやはんべるらん。総(そう)じてもって存知せざるなり。
 念仏は、本当に浄土という世界へいくための原因なのか、また地獄という世界へ落ちる行為なのか、私は一切知らない。
(原文は、東本願寺発行の『真宗聖典』を参照した)
語注
(1) 【極楽】阿弥陀如来の浄土を神話的・感性的に表現した言葉。地獄・極楽は対概念であり、苦・楽という対応で表されるが、ここでは苦楽を超えた真実の世界を表している。
(2) 【南都北嶺】奈良と比叡山のこと。奈良・比叡山にあった、当時の仏教を代表する寺院。その仏教界の意向で法然の教団が弾圧された。
(3) 【親鸞】本願の信念を頂いている事実を、強く表明する場合の自己自身の名のり。
(訳・語註・補注:センター)
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