親鸞仏教センター

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The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

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投稿者: shinran-bc 投稿日:

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第230回「法蔵菩薩の精神に聞いていこう」①
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第230回「法蔵菩薩の精神に聞いていこう」①  親鸞聖人のお言葉には、人間存在のもつ実相への深い洞察とそこから染み出てくるような懺悔の心が感じられる。このことには、その背後に『大無量寿経』にまで煮詰められた大乗仏道の菩提心の歴史があるのであろう。総願から別願を開示して、この大乗の菩提心を掘り下げるべく歩みを進めるところに、「法蔵菩薩」なる人間像が生み出されてきている。...
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第229回「悲しみを秘めた讃嘆」⑬
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第229回「悲しみを秘めた讃嘆」⑬  本願によって衆生に開かれる「宗教的実存」とは、いかなる構造として表現し得るものであろうか。その構造解明の手がかりを、横と竪という菩提心のありかたから探ってみた。そして我らに開かれる信心の意味に、この世での生き方に対して、超越的で立体的な空間として本願の信仰空間と言うべきありかたが、教えられていることを了解した。...
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第228回「悲しみに秘めた讃嘆」⑫
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第228回「悲しみに秘めた讃嘆」⑫  我らの現実の生存において、宗教的実存を求めてこれを成就するとは、どういうことであろうか。本願の仏教では、阿弥陀如来の本願を信じ、自己の有限なる生存をそのままにして(煩悩具足と信知して)「浄土」に往生し、阿弥陀如来の苦悩の衆生を摂取せんとする志願に随順して衆生済度の志願を輔翼することである、と教えられている。この願心に随順することによって、阿弥陀如来と平等なる仏陀(諸仏)になる、と願われているのである。...
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第227回「悲しみに秘めた讃嘆」⑪
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第227回「悲しみに秘めた讃嘆」⑪  願生の意欲は、菩提心であるとされている。『大経』下巻の三輩往生において繰り返されている「発菩提心」の語によって、曇鸞も源信も往生の意欲すなわち願生心が菩提心であるとしている。しかし、これをそのまま認めるなら、源空の菩提心不必要の考えはどうなるのであろうか。『選択集』にある「菩提心等の余行」の語によって、菩提を求める意欲は諸行であるから、「廃立」という判別において「廃」されるべき心ということになるのか。本願による行として専修念仏が選び取られたのであるからには、凡夫の往生はそれによって成り立つのであろうが、仏道の根本問題である大涅槃を成就するという課題はどうなるのか。...
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第226回「悲しみを秘めた讃嘆」⑩
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第226回「悲しみを秘めた讃嘆」⑩  菩提心の歩みは、大悲の菩提心として「法蔵菩薩」の物語を掘り起こし、その願心の因果を構築してきた。この物語には、この背景に仏道の伝承があったことが語られている。それが、『大無量寿経』の「乃往過去 久遠無量 不可思議 無央数劫」(『真宗聖典』9頁)に始まる五十三仏の伝承である。  この伝承とは、文字通りの歴史的な伝承を語るものではない。この無央数劫という時間は、法蔵菩薩を生み出す根源を表そうとしている。すなわち法蔵願心の因位の大悲が、個人を超越して、しかも個人を包まずにはおかない問題を発掘してきた深みなのである。釈尊をも突き抜けて、釈尊を生み出してきた菩提心の深みを表そうとするものであると思う。...
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第225回「悲しみを秘めた讃嘆」⑨
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第225回「悲しみを秘めた讃嘆」⑨  大乗菩薩道として求められた仏教は、『華厳経』を生み出し、限りなく求道していく菩薩たちの物語となっている。求道の完成を求めながら、完成することのない求道の展開なのである。これは換言すれば、成仏した諸仏が仏果に止まらずに、菩薩に位を降りて衆生済度の行を実践するという求道の方向の大転換の物語にもなる。...
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第224回「悲しみを秘めた讃嘆」⑧
親鸞仏教センター所長 本多 弘之 (HONDA Hiroyuki) 第224回「悲しみを秘めた讃嘆」⑧  時代状況のもつ困難性を自覚的に表現するということには、時の面は念々に移ろいゆくけれども、自己自身の面(これを機という語で押さえられている)には、移ろいゆく状況を貫いて生きていくところに、自己と他人に共通する事柄がある。その事実が時代を超えて、「先に生きて今は亡き存在に、苦悩を超える課題についての智恵を学ぶ」という学習が意味をもつのであると思う。...
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