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濁浪清風
悲しみを秘めた讃嘆(7)
   大乗仏教の思想的深化ともいうべき展開は、インドから遠い日本に生まれ、二千年後の世に生をうけた我らにとっては、想像することすら難しい事柄である。そのなかでも、浄土の教え、しかもその中心に本願力の因果をもつ教えは、考察することも、それにおいて仏道を見いだすことも、実に「難中之難」であると思う。

  曇鸞は、難行道となる因縁に「五難」を出されたのだが、その5番目に「ただこれ自力にして他力の持つなし」(東本願寺出版『真宗聖典』、168頁)ということがあった。曇鸞はここに「難」の根本問題があるとして、天親菩薩の『浄土論』によって、この問題に応答しようとしている。

  そういう事情がいろいろと仏道の歩みを困難にする場合も、一応は考え得るが、こういう諸事情による困難性を超えて、より本質的な「難」が、教えと我ら凡夫との間に挟まっていることに気づいたのが、親鸞であった。

  親鸞がこの教えにおいて、「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」(「正信偈」)と記されたことは、実にこの「難」をくぐって値遇し得た感動があったからであろう。この場合の「如来」は、一応は本願を説いている『大経』の教主、釈迦牟尼世尊とすべきところであろうが、親鸞は、この「如来」を「諸仏」であると述べられる。晩年に著された『尊号真像銘文』に「和朝愚禿釈の親鸞が正信偈の文」として、十行二十句を「正信偈」から取り出す中で、この言葉を注釈して、繰り返し「諸仏」の出世本懐は「弥陀本願海」を説くことにあると記述されているのである(『真宗聖典』、531頁)。

   このことは、本願念仏の教えを「大乗の至極」であると評価していることとも重なって、それは単なる個人の偏見か独断ではないかとも見えるかもしれないが、親鸞にとっては先に述べたように「難中之難」をくぐって、仏教の真理に出遇い得た感動の表白なのであった。

  その「難」とは、ここに今、自己が存在していることの不思議な事実への目覚めに始まり、種々の求道の要求に挫折したにもかかわらず、同じ時代を生きて本願力に帰入している師・法然との値遇に恵まれ、そして何よりも自己自身が罪障深き煩悩の身として、それをも摂取して捨てないという、広大な慈悲による救済に値遇することができたということ。そういう因縁の深さには、どう考えても出会えるはずがない自分という「難」がある。

  だから、親鸞『教行信証』総序の「遇いがたくして今、遇うことを得たり。聞きがたくして、すでに聞くことを得たり」(『真宗聖典』、149頁)という表白は、難中の難を超えて今、ここに不思議な事実として仏法を生きる自己が存在しているということを表しているのである。(続) (2022年1月)

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